ソハカの友情 1
ソハカとリギルは先に車から降りた。年配の男がそのまま車で工場と呼ばれる大きな建物に進入して止まると、車の両側から大きな機材が動き出して荷台に結合し、積載していた大きな天氷の塊は順々に奥のほうに流れて行った。
「天氷はあの奥で適当な大きさに切断されて、各種の基礎材になります。半端のくずが出ますから、それを使って何か手頃な道具を作ってもらいましょう。何が良いですか? 飾り物もいいが、食器や調度品でも?」
「そうだなあ……何か小さな物でいいと思うが……では、できれば小鹿を象ったのがいいな。できるか?」
「お安い御用ですよ。小鹿の置物ですね。もしかして、女性への贈り物ですか?」
「まあね。そんなところだ」
リギルは少し照れて答えた。ソハカは笑顔で頷くと、さっきの年配の男にそれを伝えた。
「さあ、できるまで、あちらで少し休みませんか? あ、リギルさんの荷物を取ってくるので、ちょっと待っていてください」
二人は連れ立っていったん工場を出て、隣接する休憩所のような建物に入った。
「殺風景ですみませんが適当に座ってください。何を飲みますか?」
「いや、正直言って、よく知らないのであなたと同じものを」
「そうですか。では種煎茶でいいですか?」
ソハカは水場に備え付けられている四角い箱のようなものからそれを2つ取り出して、1つをリギルに手渡した。温かい、褐色の茶のようなもので強い香りがある。ソハカはリギルの真正面に座るとそれを飲んで、はあと深い息を吐いた。
「リギルさんはいつ頃から天に?」
「うん、おそらく……2ヶ月くらいだと思えるが」
前にナトカが言っていた通り、確かにこれは答えにくい質問だ。
「ああ。それではまだいろいろ不便があるでしょう。長くいる人ならまだしも、天に来てすぐに一人で動く人はあまりいないですよ。何かご事情があるのですか?」
「いや事情というほどのことはないが。ただ、何となくそういう経緯になってしまったというか……」
「そうですか? 色欲の町にはもう行かれましたか?」
「ああ……いや、というか、私がいたところは色欲の町の少し先にあったので、ここに来る途中で通ったが、それが?」
「いや、色欲の町には遠方からもたくさんの人が来ますから。まあしかし、リギルさんはそういう感じではないか。いや失礼。でも欲望を漁りに来たわけではないということは分かります」
「は、そんなもんですか……」
ソハカがどれくらい深く他人の心を読めるのかは分からないが、当然、新参者が及ぶ程度ではないだろう。それにしても、この若者は人の問題にずけずけ入ってくるような話し方をする。まあ天では気兼ねや遠慮はあまり意味をなさないだろうが。
「そうですよ。ここはクルのお作りになった、クルを信じる仲間だけの世界です。隠し事など必要ないし、互いに助け合うのが必定。お節介が過ぎるかもしれませんが、私でよければお話し相手くらいは」
まあ確かにそうだが……このソハカという若者は、どことなく今まで会った者とは違う雰囲気があるような気がする。何が違うのかはっきりは言えないが。何だろう。何というか……そうだ。この若者はあれだ、ふつうなのだ。少なくとも最初の印象として、ふつうの人間。ふつうというのは、つまり、現世で生きているような感覚を思い出させてくれるというか。逆に言えば、天に来てからだれと話していても常に見えた違和感がこの若者にはほとんどない。それが逆に新鮮な感じを与えるのだ。
「あの、ソハカさんはその……天に来てどれくらい経つ?」
「私はもう長いですよ。まあ、ざっと2百年以上は」
意外だった。もしかするとソハカも同じように天に来て日が浅いのではないかと思ったのに。
「前に話した男が、天には暦もないから、どれくらいいるかと聞かれると答えに困るというような話をしていたよ」
「はは、確かにそうですね。でも、たいていそれを聞く人が望んでいる答えというのは正確な期間ではありません。ならば、かなりざっくりとでも、現世の感覚で期間を答えてあげたほうが分かりやすい。そうでしょう? 要するに聞きたいのは、まだ来たばかりなのか、果てしなくうんざりするほど長いのか、あるいはその中間なのかってことなのですから」
「ソハカ。あなたはなかなか明快な人だな。あなたのような人は天では珍しいのではないかな? あまり知らないけど、私はそんな気がするよ」
「そうですか。でも、それはたぶん……やっぱり、住んでいる町によって人の気質や性向は少しずつ違うと思います。たとえば、色欲の町の人々は全体として警戒心が強くて身内意識が強い。私たち知の殿の者は、よく無遠慮で杓子定規だと揶揄されます。最初は天というところは均質で面白みのないところに感じるかもしれません。でも、知ればけっこう多様で奥が深い。他の都市群に行けばまた違います。知れば知るだけ特色がよく分かると思います。現世と同じことですよ」