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いつしか目の前の地面に所どころ白く突き出している氷のようなものがあることにリギルは気付いた。すぐにリギルは
「天氷だ!」
と思った。前方にはそれと同じ氷のようなものでできた小高い山のような隆起が見えた。リギルは氷原に至った。
進むにつれて地面はむしろ天氷ばかりになった。リギルはそこで馬機から降りてみようと思って速力を緩めた。しかし、足場が心配だったので念のため少し赤土色の地面が露出しているところを探して止まると、制御棒を手から離した。
馬機がすっと地面に落ちて、リギルも地に降り立った。少し歩いて、天氷に覆われている地面のところを慎重に足で踏むと、それは本当に分厚い氷が張っているかのように硬く丈夫だった。
リギルは馬機をそこへ置いたまま少し歩き回った。天氷はふつうの氷よりもずっと透明だった。手で触れても冷たくはない。少し突出したをところを手でもぎ取ろうとしたが表面がわずかに削れてさらさらの粉のようなものが取れただけで、全体は硬くて取れなかった。いくつかの場所で同じように手で掴んだり、足で蹴ったりしてみたがびくともしない。リギルは剣を取り出して、柄のほうで突き出している天氷の先端を力任せに打ってみた。それでも、表面のさらさらのところが多少落ちただけで、まったくびくともしない。リギルは、イラへの土産代わりに持ち帰ろうと思っていたので残念に思った。
それにしても、見渡す限り天氷で覆われた氷原は広大で、間近で雪というものを見たことがないリギルには一種異様な風景に感じられた。それに、この輝く固い無色の塊からあらゆる物ができるとは到底思えなかった。
リギルは馬機を置いたところまで戻り、イラに天氷のことを聞いてみようと思った。
「イラ……」
意識を集中する。イラはこちらに意識を向けてはいない。だが卑猥な妄想が見えた。イラが思い描いている相手はリギルではない。だれか知らない男たちだ。男たちの手で全身を撫でられるイラの姿がその心にはっきり映っていた。イラの肢体は捩るようにうごめいているが、そこに映るイラの表情は決して逃れようとしている者のそれではない。リギルは咄嗟に意識をイラから離した。直後に強烈な動揺がリギルを襲った。自分がみじめに思えてきた。リギルはすぐにイラのところに戻ろうと思った。
いや、今帰ってどうする? もう一つの考えが浮かんだ。
俺は何を考えている? きっとイラは自分が望んだことだと言う。では今駆け付けていったい何をするつもりだ? すぐ寝る女と罵り、嫉妬に任せて自分もイラを抱こうとでも言うのか。何だそれは? リギルは、自分自身の中に一瞬浮かんだその考えに自ら驚き、力なくその場に座り込んで馬機に手を掛けて、目の前に広がる天氷の景色を呆然と見た。見たからと言って何なんだ。何しに来たんだ……取り留めもない思考が断片的に飛び交った。白く輝いているかに見えた天氷が、急に無味乾燥な、くだらない塊に思えてきた。