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祈ったせいか泣いたせいか、まっすぐに疾走する馬機の上に浮かんだまま、リギルの心はいつしか妙に静まり返っていた。
リギルは、現世ではいわゆる信仰とか規範といったものについて人一倍うるさい男だった。あるいは自分の信念への執着と言ったほうがいいかもしれないが、そのために時に激昂し、時には身近な者たちにそれを強いた。
しかし、マセルは違った。いつも物事を一人きりで決める質だった。あいつはいつも、一人で何かを信じ、何かを決め、一人で行く。あいつはもともとそういう男なのだ。それなのに優しい。マセルはいつも笑っていて、優しく、強い。
もしこの天国にマセルがいたなら、どうするだろうと想像する。もしもマセルがここで目覚め、クセルたちの行いを目の当たりにし、妻の心も離れていることを知ったら。
リギルは何も想像できなかった。それは無意味な推測だと感じた。それに、たぶん……マセルはたぶん、それでも何もしないだろう。いや、何もしないというのではないそうではなく、あいつはたぶん誰も咎めないし、何をも責めたりはしないのだ。もちろん、同調も迎合もしないだろう。しかし、それでもクルの調整とやらに屈してしまうだろうか。
リギルの感覚では、あのマセルが天に来て調整されるなどというのは想像できなかった。もしそうなら、それはあのマセルではないような気がした。マセルではないだれかになってしまう。
「やはり……」
みんなが言う調整というのは絶対におかしい。もし、それによって平和や、安全や、無限の快楽や愉悦がもたらされるとしても、それはすでに本当の自分ではない。いや、俺自身のことなら、クセルや……他の者ならあり得るかとも思えた。だが、マセルが調整されると思うと絶対におかしい。あのマセルが。俺は嫌だ。天が許しても俺は絶対に嫌だ。
そして、リギルはある推測に至った。
「だからマセルは天に来なかったのか」
クルは最初から分かっているのか。つまり、調整されるべき人間と、調整し得ない人間。マセルは調整されてはいけない存在だったのだ。それはあらかじめ運命付けられているのか? ならばマセルの生きてきた道程、あのマセルの死にざま、そのものがすでに調整されているのか。
「いや……」
リギルは自分の推測が帰結するところを思って、その考えを否定した。
「なぜ……なぜマセルが地獄に落ちなければならないんだ」
そんなはずはない。あり得ない。それが初めから運命だとは。ならば信仰は何になる。世の人の行いは、その思いはどうなる? 運命だなどあり得ない。そんな、クルのご意思のはずがない。