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リギルは氷原と呼ばれる場所へ行こうと考えていた。ヤヨニが教えてくれたように、色欲の町の中では馬機は使えないので、いったん付近の街道に出て町を迂回するように進むことにした。街道へ出てすぐ、舗装が途切れたところまで歩いて、そこからは馬機を使った。
色欲の町から遠ざかるに連れて、家や人影もほとんど見えなくなった。リギルは制御棒を突き出してどんどん速力を上げた。非常に速い。しかし、体を浮かせるのと同じような仕掛けだろう、風圧はほとんど感じない。リギルは、もし最初からこれがあったら色欲の町まで一度も休憩せずに辿りついただろうと考えながら、ぐんぐん飛ばした。
といっても、ずっと変わらない景色の中をひたすら走っているうちにリギルは飽きてきた。来た道を少し振り返ったが、すでに色欲の町はまったく見えなくなっていた。だだっ広い地面だけが見渡す限り広がっている。街道から外れている心配はなかったが、それにしてもリギルは少し不安になってきた。リギルはふと制御棒を体に当てた。馬機の速力が徐々に衰え、滑るように静止した。
リギルは制御棒を離すと、地面に降りてふうと大きく息を吐いた。だれかが通る心配などほとんどないので、リギルは道の真ん中でそのまま座り込んだ。脇にある馬機の機体を何気なく撫でてみた。表面は滑らかだがひんやりとした。
イラは今こちらを伺ってはいないようだ。……役割を果たす? 自由? 途切れとぎれにイラの心に現れる言葉が読み取れた。おそらくイラは今だれかと話をしているのだ。人はだれかと会話や議論をしている時には言葉で考えを組み立てようとするので言葉そのものが心の前面に現れるのだ。リギルもその見分けがつく程度になっていた。
だれと話しているのだろう? 相手のことまではよく分からなかった。
「クル?」
イラが話しながら心のうちでクルへの信仰を強くしているのが分かった。詳しくは分からないが、おそらく信仰に関する何かを議論しているのだとリギルは思った。そして、イラの中にクルへの信仰心が確かに息衝いているということが嬉しくなった。
そういえば、自分はいったい何を考えていたのだろう、とリギルは自戒した。不意にナトカの言った言葉が浮かんだ。……信仰を見つめる旅かい? 茶化された気がしてつい腹を立てたが、結局、俺は何をしているんだ。リギルは自分のことが腹立たしいような気持ちになった。そして、長い間忘れていたことに気が付いた。つまり祈りを。生きていた時には毎日の習慣だったクルへの祈りをもう長い時間忘れていた。
リギルは街道の真ん中に座り込んだまま目を閉じて、クルに祈った。何を祈るというのでもない。祈りの時、リギルはいつも無心だ。ただその心にクルを想う。静かに思うだけの祈りだった。