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ヤヨニは食事の間も一人で喋りまくっていた。リギルは話を合わせるように時折頷きながら、しかし肯定も否定もせず半ば聞き流していた。
ヤヨニは父も母もクル信徒で、天で再会していっしょに暮らしている。死んだとき15歳で、目覚めた時からずっとこの町から出たことはなく、リギルのようにいつか旅をするのが自分の夢だと語った。リギルはヤヨニを見ているうちに年若い姪っ子を見るような微笑ましい気持ちになっていた。
結局、ヤヨニに押し切られたような格好でリギルは町に出た。「色欲」と名付けられたその町は、一見すると明るく賑やかで、リギルが見たことのないものが普及していた。先進的で華麗な建築物や精巧な利器、それに想像し得る限りの娯楽や芸術、芸能の類が町じゅうにひしめいている感があった。何を見ても感嘆の声を上げるリギルを見て、ヤヨニもとても満足そうだった。ヤヨニはいちいち自慢げに解説しながらたくさんの場所を案内して回った。
ヤヨニは、この町にあるものはみんな世話人たちが作ったものだと説明した。世話人と呼ばれる一群はリギルなどが生きていた時代よりもずっと後に生まれた人たちで、その時代には現世でも文明が複雑に発展し、多くの都市が世界中に生まれたという。この町はその姿を再現しているのだ。
「でも、世話人という人たちは、どうして町を管理するんだ?」
「どうしてって? だってもともとこの町は彼らが作ったんだし。それに、世話人の方たちは、みんながここに安全に、快適に住むためにいろいろ世話してくれる人たちよ。すごいのよ。私も、やっとバンクに登録してもらったんだ」
バンクとは世話人たちが主催する組織で、これに選ばれて参加した者は、世話人の命を受けていろいろな役割を担うことができるのだとヤヨニは解説した。リギルのような旅人の相手もそうした役割の一つなのであった。バンクに登録されるには世話人の推薦がなければならず、これは色欲の町の住人として非常に名誉なことだとヤヨニは無邪気に自慢した。そこには、世話人と呼ばれる人々に対する怖れと憧れが入り混じっていた。
ヤヨニはまだ張り切っていたが、リギルはさすがに次から次へと飛び回るヤヨニについていけなくなり、いったん部屋へ戻ろうと懇願した。
「しょうがないなあ」
「ごめん。でももう疲れたよ……」
男と女のそれではなかったが、この頃にはヤヨニもリギルも、互いにすっかり打ち解けていた。ヤヨニは渋々リギルの願いを承諾して、二人は部屋へ戻った。
ヤヨニは部屋に戻る途中に、小さな時計のような器具を取り出して、それに向かって独り言のように言った。
「これからもとの部屋に戻ります。冷たいソルディがあると嬉しいわ」
リギルは、町に着いたときに声をかけた婦人も同じような器具を持っていたことを思いだして聞いた。
「その小さな道具はいったい何だ?」
「これ? これは個人用の繋心具よ」
「みんな持っているのか?」
「町の人はたいてい持っているわ。これがないと不便だもの」
「今、だれと話したんだ。世話人か?」
「ええ。でも部屋に飲み物を用意してもらっただけよ」
部屋に着くとすぐにリギルは靴を脱ぎ、床の上に倒れこむように横たわった。ヤヨニはすでに部屋に準備されていたソルディとかいう気泡の出る飲み物を勢いよく飲んで、ふうと大きな息を吐いた。
リギルは、疲労で体が沈んでいくような感覚を心地よく思いながら、ぼうっとヤヨニを見ていた。
「ん?」
見つめられていることに気が付いてヤヨニが屈託のない笑顔でリギルを見た。
「いや……」
口には出さなかったけれども、リギルはこの時こう思った。
「こんな町にずっといたら俺も……そうなってしまうかもしれないな」
リギルはそのまま落ちるように眠った。