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「俺は野暮でもいい。それに、俺はあなたのことをよく知らない。俺はよく知らない人とは、関係したいと思わない」
「それは現世の感覚に縛られているからよ。あなたはまだ現世の考えを捨て切れ……」
「したくないんだ。それが正しいか……そんなことはいい。俺はしたくない」
ヤヨニはリギルの横をすり抜けて深く息を吐きながら大きな寝具の上にどんと座った。
「もう! あり得ないわ。女を見て欲情しないなんて、嘘だわ。偽善よ。だってあなた、だってあなた好きな女がいるんでしょ? いったいここへ何しに来たの?」
「好きな? ああ、イラのことか。だが俺はイラとも何もない」
「だからそれは現世での……」
リギルはヤヨニのすぐ横に、どんと座った。
「現世でも天でも、俺は俺だ!」
いきなりリギルが近くに寄ったのでヤヨニは少し威圧を感じておとなしくなった。
「そんな考えは……くだらないわ。引き受けの人に聞いてごらんなさいよ。だめよ、そんな考えは」
「引き受け……イラのことか? 何を聞いても俺は」
「あなた……イラって、引き受けの女なの? あなた、引き受けの女ともまだしていないの?」
「そうとも。悪いか?」
「悪いも何も。いけないわ。引き受けはクルが遣わした者なのよ」
またクルのご意思か……リギルは思った。人間の解釈。クルの意思など語る者はみな人間の解釈に盲信したものだ。そうではなかったのか?
「ヤヨニ、クルを見る者はいないと、十言にある」
「それはそうだけど。でも天ではみんな、そんなこと考えないわ。クルは人と共に喜ぶのよ」
「そうだな。しかし、俺はそんなことが喜びだと思えないのだ。それは俺の勝手だろう?」
ヤヨニは少し考えてから、言った。
「私のどこが気に入らないの?」
「いや……」
リギルは少し困った。リギルはヤヨニを傷つけてしまったかもしれないと感じた。
「いやあの……別にあなただからとか、そういうことではないんだ。ただ、理由もなくそういう関係になるのが腑に落ちないだけだ。たとえだれも咎めなくても、私は昔から自分でそう決めているのだ」
「理由ならあるわ。喜びよ」
「だから、そういう問題ではないんだよ」
ヤヨニはリギルの心を読みながら、ふと笑った。
「ふふ。分かった。あなたは、ただ臆病なだけよ」
以前なら激昂したかもしれないが、今リギルは落ち着いていた。言葉を紡ぎながら、リギルはむしろ自分の意思を固めていくようだった。
「ああ。そうかも知れない。でも臆病でもいい。私は腑に落ちないままあなたと関係を持ちたくない」
ヤヨニは、頑なに言い張るリギルが妙に可愛く見えた。それに、これ以上議論していても意味がないと考え、諦めることにした。
「いいわ、どうせきっと、そのうち調整されちゃうわ」
「調整か……ヤヨニ、君はむしろ自分のほうが調整されているとは考えないのか? 俺から見ると、そういう考えのほうがおかしいようにしか思えない」
「でも、調整はクルのご意思なんだから、心配することないでしょう? 私たちは自分の心に素直になればいいんじゃない?」
「だから、俺も素直にそう言っているだけだ」
「それもそうね……ねえ、じゃあ、もし気が変わって、寝たくなったら私と寝る?」
ヤヨニは思い付いたように悪戯っぽく微笑んだ。その時、呼び鈴のような機械的な音がした。ヤヨニは扉を開けながら言った。
「あ、ねえ食べるでしょ? それから町へ出ましょうよ」
「ああ、でも俺は、少し眠りたいんだが……」
「え? そう? ……まあ、それもいいわね。ちょっと待って」
開けると、そこに2人の女が立っていて、小さな引車のような台に食べ物が載っていた。
「適当において戻っていいわよ」
ヤヨニはぞんざいに指示すると、芝居のように両手を広げて言った。
「さあ、とにかく少し食べましょう。そして、ゆっくりしましょうか」