2
リギルはどうしていいか分からなかった。もしかすると今の女がだれかを連れて戻ってきてくれるのかもしれないので、しばらくはここにいたほうがいいと思われた。仕方なくリギルは道の脇のほうによけて舗装していない土地の上に座って、またイラと話そうとするとすぐ、
「大丈夫よ。リギル。そのまま待っていれば、すぐに案内の人が来てくれるわ」
と読めた。
「分かった。しかし、さっきの婦人を怒らせてしまったように思うのだが?」
イラに伝えようとしてリギルはそう考えた。しかしイラは
「そんなことないと思うわ。町の人はだいたいそんな感じなのよ。リギルにはちょっと想像できないかもしれないけれど……」
と教えた。
「大きな町に住む人は、自分に関わらない他人のことをあまり気にしないもの。特に色欲の町の人は世話人たちを気にするから、仲間内の人にはとても優しく接するけど、それ以外の他人のことになるとほとんど知らない振りをする。そのようにお互いが他人に干渉しないようにふるまうのが常識なのよ。
『世話人って?』
ああそう、世話人というのは色欲の町を管理してくれる人たちよ。もうすぐ来ると思うわ。あなたを案内してくれるのも世話人よ。色欲の町ではたいてい、何か用事があればすぐに世話人を呼ぶのよ。私もそうしろと両親に教えられた。
見知らぬ人に話しかけられても自分では何もしない。その人と遊ぶつもりなら別だけど。不用意に他人に関わるのはむしろいけないことなのよ。かえって、変に絡んでくる人はおかしな人と思われる。そうじゃなければ何か魂胆があると思われる……自分の願望に一致する相手を探して街に来る人もたくさんいるから。
『おかしな習慣だな』
だって、一度おかしな人と思われてしまうと、世話人はそういう人をちゃんと見ていてみんなに警告するから、それまで親しかった仲間たちまでが離れていってしまうわ。それが一番怖いの。だから少なくとも表向きは見知らぬ人に無関心を装うの。私も、そこに住んでいた時はそれが当たり前だと思っていたわ」
「あの、あなた、旅の人ですか?」
声をかけられて顔を上げると、顎髭をたたえた男がリギルを覗き込んだ。イラの心に集中していたリギルは、すぐ近くに男が立っていることに気が付かなかった。
「世話人……か?」
「はい。仰る通りです。先ほど知らせがあったのでやって来たのです。御用でしたら承ります。はい」
慇懃な物言いだが、イラの話を聞いた後だったのでリギルは思わず怪訝な表情で男を見た。だが、男は無頓着に笑顔を崩さないでいる。リギルはこの男を信用していいのかもう一度イラに話を聞こうとも思った。しかし、ここでそれをすればこの世話人という男にも読まれてしまうだろうと思い直した。
「初めてこの町に来たので、不案内で困っているのだが?」
リギルは作り笑顔で言った。男は不自然なほど満面の笑顔で答えた。
「ああ、もちろんですとも。荷物を預かりましょう。あなたの、御車か馬機はどこにございますか?」
「いや、手荷物はこれだけだ。ここまで歩いてきた」
「ああ……そうでしたか。はは、ではよろしければ、まずはあちらで何か、喉を潤してはいかがですかな?」
リギルは男について行くことにした。




