ヤヨニの憧れ 1
ナトカの家に辿りつく前、はるか遠くに薄っすらと見えていた土色のかたまりは、近付くに連れてだんだんはっきりと現れてきた。途中何度かの休憩を挟み、リギルは町を目指した。近付くにつれて街道から分岐する脇道が増え、建物や人の姿もちらほら見えるようになった。と、少し先から道が黒く焦げているように見えた。リギルは舗装されている道路など見たこともなかったので、最初その上を三歩ほど進んでは履いている靴の底を気にして確かめた。
周りを行き交う人々の歩くのがリギルから見るととても速い。それに、みな奇抜な、というより奇怪な服装をしている。あまりにも鮮やかで多彩な衣装や、黒尽くめなのに肝心の部分だけ穴が空いているようなものもあった。
リギルは思わず、このまま町に入るのを躊躇した。遠回りになるはずだが、街道沿いに迂回して氷原に至ることもできるだろう。この町に用はない……
「いや……」
そんなことでどうする。ここを避けて通ることに何の意味があるのか。何のために俺は旅をしようと思ったのだ。
「……どうも、一人で考えていると堂々巡りする」
呟いてから、いつの間にか独り言を発している自分に気が付いて、リギルは無性に可笑しくなってきた。なんて馬鹿げた考え。なんて小心な。そう思うと自分を縛りつけていた感覚が氷解するようにも感じられた。
「ようし。まっすぐ行こう!」
今度は自覚して大きな声を出した。しかし、声をかける人はおろか、ちらと見遣る人さえほとんどいない。だれもリギルにはまるで関心がないようだった。あるいは、リギルのほうがおかしな人だと警戒されているのかもしれない。リギルはゆっくりと、町の中へ侵入していった。
町の中の道はたいてい舗装されており、それに沿って建つ家はみな、家の上にまた家をいくつも重ねたような形をしており、それぞれがどぎつい赤や、黄色や青で鮮やかに塗られていた。リギルはおかしな感じがした。もっと遠くのほうには、非常に密集した、今まで見たこともないほど高い銀色の建物、空から降ってきた巨大な剣が無数に突き刺さっているようなその姿が見えた。おそらくあれが町の中心部だろうとリギルは思った。
色欲の町はリギルの想像が届かないほど大きかった。それに、人に声をかけることも憚られた。だれも気に留めてくれないし、そもそも、自分がどこに行きたいのか、何をしたいのかはっきり説明する自信がない。リギルはついすがるような気持ちでイラのことを思った。
「イラ……イラ……」
イラの心を読むと、イラは待ち受けていたようにすぐに答えた。
「あ、リギル。ずっと聞いていたわ。町に着いたのね。安心して。だれかに、旅の案内を頼みたいと言って。だれでもいいから」
「分かった」
リギルは、通りがかる人々を見回した。割と地味な感じの、年配の女に声をかけた。
「……すみません、旅の者ですが、案内を頼めますでしょうか?」
女は睨むようにリギルを見ていたが、何も言わなかった。
「……すみませんが」
もう一度リギルは頼もうとした。すると、女は
「ちょっと待って!」
と独り言のように言うと、腰の後ろ辺りから時計のような小さな器具を取り出して、それを口に当てて
「あ、旅の人が迷ってます……」
と、呟いた。意味が分からなかったリギルはその様子を黙って見ていた。すると、女はさっさと歩いて行ってしまった。