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リギルの父親が戻ってくるのにそう時間はかからなかった。父親はマセルのほうに向かっていくと
「昨日のこと、お母さんに話したか?」
と聞いた。マセルは黙って頷いた。父親は特に何も聞かず
「じゃあ、帰ろうか」
と言うとゆっくり歩き始めた。マセルとリギルは、互いに口を利かず父親の後ろを少し離れてついて行った。
「やあ、いるかい?」
リギルの父親は、マセルの家に着くと声をかけた。少しすると母親が出てきた。
「あら! 珍しいわね」
母親は明るく声をかけた。以前は互いによく行き来していたものだったが、マセルの父親が逝ってからは会衆の年祭で顔を合わせる程度で家に来ることもなくなった。母親はすぐに昨日の一件の話だと気が付いたが、それよりもリギルやその家族が久しぶりに訪ねてくれたことに少し心が浮き立っていた。
「リギル……さあ、とにかく中へ」
マセルたちの家は前と変わらず広くゆったりしていたが、物が少なく簡素な雰囲気になったな、と父親は思った。
マセルとリギルは、テーブルに向かい合って座った。父親は立ったまま部屋の中を眺めて回っていた。マセルの母親は用意した薬茶を4つテーブルに置くと、自分はマセルの横に座った。父親は座らずに窓際に立ったまま話し始めた。
「昨日のことだが、リギルが何かマセルに言ったのが原因らしいんだ。マセルから何か聞いてるか?」
「そうだったの? でもマセルは何も言わないのよ」
「まあ、みんなは子供のしたことだし、特に騒ぎにするつもりはないようだから、いいんだが……とにかく、今回のことはリギルのせいなんだ。リギル、お前もちゃんと謝れ」
父親に促されてリギルは母親に向かってもう一度ごめんなさい、と謝った。少しマセルの顔を見たがマセルは目を合わせなかった。母親はその様子を見て言った。
「いいのよ。マセルだって本当はもう怒ってないわ。ね、マセル。いつまでも意地になってないで仲直りしたほうが良くない?」
しかしマセルは返事もせず目線を落としてじっとしているだけだった。
「まあ、特にどうということはないが、一応な……」
間を破って父親が言った。
リギルもマセルも詳しいいきさつを話さないので、大人たちも事情のよく分からないまま、この件は特に騒ぎにもならなかった。ただ、リギルとマセルがいっしょに家路に着いたのはこの日が最後になった。二人の間には何か深い溝のようなものができてしまい、それは結局マセルが死ぬ間際まで埋まることはなかったのである。




