9
「ナトカは、その……あなただけなのか? その……他の女に……魅かれたりはしないのか?」
「しないわ」
ディヤンはきっぱりと言った。
「ナトカは私が好きなのよ。私の身体が。私のすべてが。私はそう思う。信じているわ」
「信じる……?」
ディヤンは自分の盃にまた自分で酒を注いで、次にリギルにも注いだ。
「ねえ……いくら心が読めても、その人が自覚すらしない無意識の性向や願望まで知ることはできないのよ。だから、信じるの。ナトカの本心を。ナトカの魂と言ってもいいわ。ねえ、あの人は、もう限りなく何度も私と寝ているのよ。でも、いつも初めと同じ。初めてあの人と寝たときから、あの人は変わらないわ」
リギルはディヤンの言葉を素直に聞いた。
「引き受けの時、ほとんどの男はだんだん倒錯的になっていくのよ。もっと歪んだ、もっと非現実的な、考えられるすべての行為を知ろうとする。もちろん、それはそれで悪くはない。ふふ。でも、いつか離れてゆく。みんな旅が好きなのよ。ふふ」
ディヤンは微笑んだ。しかしリギルが読むと、そのディヤンの微笑みは男に対する軽蔑のそれではなく、むしろそれら無数の男たちとの関係に対する愉悦のような感情の発露だった。リギルはこの時、漠然とではあるが、天に暮らす人々の心の持ちようが少しだけ理解できたような気がした。それはまだはっきりと説明できないが、何となく。
リギルは不意にクセルのことを思いだした。クセルたちの天での素行を知った時の嫌悪と侮蔑の感情は未だに変わらない。しかし、最初よりも少しだけ許せるような気もした。むしろクセルが少し哀れに思えた。
同時にリギルは、なぜかナトカという男が自分よりはるか上にいるような気がした。現世の規範に縛られ、露骨な表現にいちいち感情を乱しては不毛な問いを繰り返す自分が愚かしくも思えた。
だがディヤンの微笑みに釣られるように浮かんだその感覚は一瞬だった。リギルはそれでもなお、もう口癖のようになった言葉を吐かざるを得なかった。
「腑に落ちない話だ」