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「誘った?」
リギルは思わず責めるようにディヤンを見ながら反射的にディヤンの心を読もうとした。しかし、ディヤンの心はあっけないほどに穏やかだった。リギルは一人取り乱すことを避けようと慌てて盃の酒に口を付けた。さっきまでナトカと酌み交わした酒よりかなり強い酒だったので、リギルはつい咽て口を閉じたまま何度か咳払いした。ディヤンは特に表情も変えず黙ってリギルの様子を見ていただけだった。
リギルは落ち着いてはあ、と一度大きく息を吐いた。ディヤンは少し笑った。
「……分からない。なぜそんなことをする。それに何の意味があるのだ?」
「ふふ。思った通りの人ね。でも、そこが良いところなのね。きっと。……意味? まあ、難しいことは言えないけれど、意味はやっぱりこれよね?」
ディヤンは今までとは違う独特の色香を伴う微笑みを作ると右手を卓の下へ降ろし、少しだけ身体をねじるようにした。卓に隠れて直接見えないが、ディヤンは薄い化粧着の裾の片方を捲ったのだ。しかし、リギルの心は冷ややかだった。
「あなたがどれだけ快楽を貪ろうと知ったことではない。しかしなぜイラにその必要がある? イラは自分が望んだと言ったが、やはり無理やりに引き入れたのではないのか! いったいどうなってるんだ、この世界は!!」
リギルはとうとう我慢できなくなって大声で言った。しかし、ディヤンはまったく動じることなく、まっすぐにリギルを見つめたまま言った。
「いいえ。結局はイラが望んだのよ。だれも無理矢理に引き受けになんかなれないわ。そもそも、願望だけでは決して引き受けになることができないわ。それは、クルの意思に沿うことじゃない」
「クル……だと?」
突然クルの名が出てきたのでリギルは一瞬だけ話の辻褄が分からなくなった。しかし、そのことでむしろ落ち着きを取り戻した。
「そう。引き受けの者はクルのご意思を伝えることが役割。ねえリギル。私たちはただ自分の快楽を求めているのではないわ。考えてみて? 天では、別に引き受けになんかならなくても、自分の求める欲はいくらでも満たせるのよ。むしろもっと自由に。引き受けになった私たちはみんなクルに誓った者よ。そうでなければ、引き合わせの人々は決してこの役割をお与えにはならないの」
「引き合わせの……? それは、私をイラのところに連れて行った婦人のことだな?」
「そう。引き合わせの者が、私たちを引き受けの者として選んだのよ。イラは選ばれたのよ。イラは、クルの意思に適う者よ」
リギルはディヤンの心を見た。その心は晴れ晴れと、堂々としていた。そこに嘘はない。引け目もない。リギルは抗う言葉を失った。
「ナトカは……ナトカはその、あなたが引き受けだということを知っているのか?」
ディヤンはその独特の色香を伴う微笑みをまた浮かべて、はっきりと頷いた。
「もちろんよ。ナトカは嫉妬なんてしないわ。それに、そもそも私がだれと楽しもうと、そんなこと気にもしない」
リギルは嫌悪を露わにした。それがこの世界で生きるための掟か。規範や罪だけでなく執着も嫉妬も捨てて、ただ目の前の快楽だけを見ろというのか。しかし、では
「……愛はどうなるのだ」
リギルは呻いた。昂ぶった心をそのまま口にしたので、リギルは言葉を選ぶことも忘れて一人呻いた。
「もちろん……」
ディヤンが優しく、囁くように答えた。
「あの人はいつでも私だけを見て、何度でも、まるで初めてのように私を求めてくる。私だけを。だから最高なのよ。私にとってナトカは」