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「寝ちゃったわ」
リギルは何を考えるということもなく呆然と俯いていたが、女の声に気が付いて作り笑顔をして見せた。女は、いつの間にか太腿まで露わな薄い化粧着を身に付けていた。リギルは酔いと眠気がすっと覚めた気がした。リギルは、この女の様子がナトカがいた時と何か違っている様に感じて少し警戒した。それで、
「すっかり世話になってしまいました。ナトカには挨拶もせず失礼ですが、私はもう発とうと思います」
と言った。しかし、女はそれに構わず
「お酒、けっこう強いんですね。もう少しいかがです?」
と、リギルの返事も聞かずに支度を始めた。
「ごめんなさいね、あの人はいつもこうなのよ」
半ば独り言のようにぽつり、ぽつりと話しながら、残った酒と肴を全部片づけ、あらためて、さっきより色の薄い温めた酒と新しい肴を手際よく運ぶと、女はさっきまでナトカが座っていた椅子に腰かけた。
女が座る時、短い裾から女の太腿がさらに奥まで見えそうな気がしたのでリギルは思わず目を逸らした。そんな様子をまったく気にかけずに女はゆっくりと自分の盃に自分で酒を注ぎ、次にもう一つの盃に酒を注ぐと、
「どうぞ」
とリギルの前に置いた。
リギルは少し迷った。以前のリギルにとって、このように女といることは避けるべきことであった。しかし、ナトカの説いた論に多少は影響されているのか、あるいはイラと話すうちに異性に対して大らかになっているのか、リギルは躊躇しながらも女の勧めるままに杯を受け取った。ただ少し話をするくらいのことだ。この女が一体どういう了見でナトカと一緒に暮らしているのか確かめたい、と思った。
「やはり気になりますか? 町に行くといつも言われます。ナトカのどこが良くていっしょにいるのかって」
リギルが口に出して尋ねるまでもなく、女は話し出した。
「ふふ」
女は少し笑った。そして、少し照れくさそうに続けた。
「一途なところ……あんなでも、私にとっては最高の男よ。ナトカは」
リギルはその答えを聞いて少し安心した。この女と二人きりになることを過敏に恐れていた自分を滑稽に思った。
「いや話してみるとなかなかいい男だ。正直言って最初は辟易したよ。でも粗野だけど、自分の生き方に自信があるように感じたよ。迷いがない」
「そうかしら? まあ、単純なだけだと思うけど。今まで何度も、あなたのような旅人がここを通るたびに、偉そうに講釈するのがあの人の楽しみなのよ」
「でも、なかなか含蓄のある話だよ。ナトカは、見た目よりもずっと思慮深い。それに、あの地図は役に立った。おかげでこの辺りの様子がよく分かったし」
「そう? あの地図はナトカの自慢なのよ」
女は打ち解けた口調になった。
「ところで、まだ名前を言ってなかったわね。ディヤン。イラと同じ『引き受けの者』よ」
リギルは驚いた。
「イラを知っているのか?」
「知ってるも何も……イラとはもう長い付き合い。妹みたいなものよ。ふふ。実は、あなたのこともイラから聞いていたわ。あ、直接は会っていないけれど、時々はイラの様子も気にしているから、だいたいのことはもう知っているわ」
リギルは、イラとのやり取りがすべてディヤンに伝わっていることを想像して、なにかとても恥ずかしいような気持ちになった。
「ディヤン。その……『引き受け』というのは、俺のように、天に来た男がその……連れて行かれるアレのことだな」
「そう。そうよ。アレのことよ。イラも最初はあなたと同じように、私のような引き受けの者を軽蔑していたわ。でも、結局は私が誘ったようなものよ」