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「ええっと何の話だったか……ああ、で俺が言いたかったのはな。要するにあんたは、天国にいる連中がみんな色欲に溺れているように見えるのが気に入らないんだろ? でもな、それは、あんたが目を覚ました場所がたまたま色欲の町に近かったってだけだぜ?」
女は何も言わず静かにその地図を畳んで奥に消えた。
「まあ、さっきまであいつと楽しんでた俺がいうのも何だがな。考えてみりゃ、たとえばの話、そもそも色欲なんてもんはそんなに程度のいい欲求じゃないだろ? 俺たち人間にとって一番大事なのは性とか食とかいう程度のもんじゃないと思うぜ? そりゃある意味じゃ大事なもんだけどよ、まあ俺に言わせりゃこうだ。本能的なもんが本質的ってことにはならねえってことだ。違うかい? リギルさん」
「要するに俺が言いたいのは、男と女の関係なんてもんは、言ってみりゃ取るに足らねえもんだってことだ。深遠でも神聖でもねえ。然るに、否定するもんでも咎めるもんでもねえ、つまりは、たいした問題じゃねえ」
ここまで言って、ナトカは杯に残った酒を一気に飲み干した。リギルはナトカの押し付けるような物言いに辟易しながらも、言わんとすることは何となく理があるように感じた。
リギルは最初、クセルたちが現世で守ってきた倫理や道徳をあっさりと捨て、己の生理的欲求を満たすことに明け暮れ、際限なく快楽のみを高めることに執心しているように思って幻滅した。しかし、それは事の表面だけを見た印象に過ぎないかもしれない。あるいはそれは天における生き様の一つなのかもしれないが、少なくともそれは唯一ではない。別に全員がそれを強要されているというわけでもないのである。
「好きにすればいい……か?」
「そもそもクルは何も制限なんかしちゃいない。それに、本当にまずいことならとっくに調整されてるはずだ。なんの咎めもなく許されているということはだな、それは、良いとか悪いとかいう前に、そもそもたいした問題じゃないってことだ」
リギルはイラのことを少し思い出した。リギルの腑に落ちない様子を見て、ナトカは噯気を隠そうともせず話し続けた。
「どうして、現世の人間は色欲を特別扱いするか分かるか? ありゃあな、俺が思うにあれは、いろんなものをくっ付けてるからだ。現世で言うところの色欲って奴は、考えてみるとすごいねじ曲がったもんだぜ? ありゃ本能でもなんでもない」
「考えてもみろ、俺たち男がもともと持ってる性欲なんて、あきれるほど単純なもんだろ? なのにみんなで寄ってたかって、それに愛だの罪だのって、後からくっ付けてるだけだ。ありゃ、つまり味付けだ。もともと素っ気ないもんを、みんなで味付けして有難がってるだけなんだ。まあ、それだって俺に言わせりゃたいした問題じゃないがな」
「色欲に溺れている連中を傍から見りゃあ、そりゃ低俗に見える。要するに幼稚なのさ。そりゃそうだろう。でもな、それを非難する必要も、そんな連中を諭す必要もないんだ。時間は無限にあるんだから。そういう連中は、まだ現世で教え込まれたことから抜け切っていないだけなんだから。あんまり我慢してたんで、色欲というのが化けもんみたいに膨れ上がってるだけなんだ。あんなもんはそのうち自然に収まる……リギルさん。あんただってそうだ。変に考えるからおかしくなるんだぜ? 好きにすりゃいいんだ」
リギルは反論する気にもなれなかった。と言うより、ナトカの論にどう反応していいか分からなかった。
「さーて。俺はちょっと眠くなったから先に寝かせてもらおう。あんたも、急ぐ旅じゃないんだったら、少しゆっくりして行けって」
そう言うとナトカは勝手に奥へ引っ込んでしまった。リギルは半ば呆然としていた。