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「リギルさんよ。あんたはマセルさんじゃない」
ナトカはまじめな表情で答えた。
「それにだ。あんたの旅はまだ始まったばっかりなんだろ? 天国は、あんたが思っているよりずっと広いぜ。詳しい事情は知らんが、少なくともあんたはまだこの世界のごく一部しか知らない。たとえば、だ……」
ナトカはやおら席を立つと奥から大きな織布のようなものを持ち出してきて、両手で振って卓の脇の床に広げてからその端に座った。その布は一辺が人の身長ほどもある大きなもので、古びているが刺繍によって何かの模様が描かれているように見えた。
「いいか? 今ここだ」
ナトカは布の下の端の方から伸びている線を指して言った。それでリギルは、この布に描かれたのが地図だと分かった。リギルも床に座り込んでそれをまじまじと見た。
「お前がいた町は、この図よりもっと下だ。そして、ここからもっと上にまっすぐ行くと、色欲の町だ。言っとくが、色欲の町って言ったって、行ってみればふつうの町だから安心しな。そして、それよりもっと上に行けば氷原がある」
「氷原?」
「そうだ。都市群はたいてい氷原を中心に円を描くように作られている。何をするにも、天氷がなくちゃ始まらねえからな」
「天氷?」
「……あんた天氷も知らないのか? 天氷ってのは、つまりまあ、この世界にあるすべての物の素だよ」
リギルはきょとんとしていた。
「俺の庭に木があっただろ? あれは俺が自分で天氷を運んできて作ったんだ。それだけじゃない。今飲んだ酒も、食料も、家も、なんだって、もともと全部天氷だ」
そう言えば街道沿いには樹木どころか雑草すらただのひとつも生えてはいなかった。町の中は所々に街路樹や林があったと思うが、あれはみんな人が拵えたものなのか、とリギルは何となく納得した。
「話が逸れたな……とにかく、だ。この世界には至る所に天氷が湧き出るでっかい湖みたいな場所があって、その周りに町ができる」
ナトカは、布の中央にでかでかと描かれた大きな氷原をコツコツと拳で叩いた。それから、その周囲に規則正しく並んだ、それぞれの都市を表す4つの図柄を順に指差して教えた。
「まず技巧殿の町、上にあるのが知の殿の町、次が物欲の町、そして下が色欲の町……そして、それぞれの町の周囲にはさらに、あんたがいたような郊外の集落が点在している。この全部で一つの『都市群』だな」
「それで、俺が知っているだけでも都市群は10以上ある。というより、この世界全部でいくつあるか分からん。とにかく、天の世界は想像以上に広い」
「ん? ああ」
リギルは地図をまじまじと見つめながら曖昧な返事をした。女がまた酒と肴を運んできてくれた。いつの間にか床に胡坐で話し込んでいたリギルとナトカは、ふと立ち上がって席に戻った。