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「そうかい……まあ時間はたっぷりあるんだ。納得いくまで流離いの旅ってのも、またいいかもな」
リギルの事情を聞いて、ナトカは少し神妙な顔で言った。ナトカの話を聞いているうちに、リギルは最初の印象よりもこの男が非常に思慮深く、どちらかというと理知的な人間のようにも思えた。しかし、それにしてもこの風貌で、あの女とは釣り合いが取れないだろう……
するとナトカは急に凄みを聞かせて言った。
「おい。確かに心は読まないと言ったが、あんた、俺が若い女に溺れたただのバカだって思ってんだろ?」
リギルは慌てて弁解した。
「いや……実を言うと最初はあんたのこと、嫌な奴だって思ったよ。何というか……はっきり言えば、あんたは欲望に任せて自堕落な暮らしをしている人間たちの一人だと思いこんでしまって……すまない」
嘘をつく訳にもいかず、苦し紛れの謝罪をしようとするリギルを見てナトカはまた豪快に笑った。
「冗談だよ。まあ、たぶん誰だってそう思うだろうな。だってその通りなんだから。はっははは」
リギルは思わずナトカの心を読んだ。本当に冗談のようだ。少しきついが、これがナトカという男一流の冗談なのだと分かって、リギルは安心した。同時に、この男もクルを信仰して天に生きる者なのだ。風貌に気を取られてはいけない、と反省した。
「ナトカ。あんたはもうどれくらい天にいるんだ?」
「またその質問か……たいてい、天に来たばかりの奴はその質問をする。でもそりゃ、はっきり言って答えにくい質問だ。なんせ、時間なんてそのうち気にしなくなるからよ……それで俺の場合はこう答えることにしている。天国にいる人間は2種類いてな、どれくらいここにいるかってことをまだ気にしてる奴と、そんなことはもう気にもならなくなっちまった奴」
「ふーん……つまり恐ろしく長い時間ってことだな」
「まあ、現世の感覚で言えばそういうことになるだろうな」
「なあナトカ。聞いてもいいか? 俺はどうしても天国に生きている奴らが許せない気がした」
「ふーん? そりゃまたどうしてだ?」
「俺の生涯の友達は、俺たち会衆を助けるために一人犠牲になって死んだ。そもそも俺たちは、会衆の仲間としてあいつに何もしてやれなかったように思う。あいつは……マセルは、妻も子も亡くしてずっと一人ぼっちだったのに。なのにあいつは、いつものように静かに、一人で自分の道を決めて俺たちのために先に逝ったんだ。それなのに、俺たちはみんな天国に来て、当のマセルだけがここにいない。地獄というものがあるのか分からないが、本当ならマセルこそ一番に天国に入るべき人間だと思うんだ」
ナトカは黙って聞いていた。
「でも、ここへ来て何となく分かったんだよ。マセルは……たぶんマセルが望んでいた天国はこんなとこじゃない。あいつは、きっと、ここに来ないほうがいい。悲しいがそんな気がするんだ。それなのに俺たちは……いや、イラの言うことも分かる気がする。でも俺はどうしても納得いかないんだ! ナトカ。あんたもクルの信仰者だったんだろ? 俺たちが望んだ天国はこんなところだったのか? 俺たちがいつこんな世界に連れて行ってくれと頼んだ? これが本当に……本当にクルのご意思なのか」
ナトカは何も言わなかった。ただ、いつになく優しい笑みを浮かべて、同情するようにリギルを見つめていた。
「……つい苛立ってしまった。俺はどうもそういうところがある。すぐ感情的になって、後先考えずに何でも口走ってしまう。マセルはいつも落ち着いていて、芯が通っていて、動じない、強い男だった」