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「おい客人。待たせて悪かったな」
唐突に声をかけられてリギルは驚いた。家の主は恰幅の良い年配の男で、頭髪はなく水夫のような腰巻を着け、上半身は肌の透けて見える白く袖のない下着のようなものだけで、どっぷりと腹が出ていた。
「俺はナトカと言う。お前さんは?」
「リギルだ。旅をしている」
リギルはナトカの風貌を見て嫌悪と警戒の色を浮かべて答えた。しかし、ナトカはまったく意に介さず、
「あんた、どうやって来た? 馬機はないのか?」
「馬機とは移動用の車のことか? いや、俺はずっと歩いてきた」
それを聞くとナトカは豪快に笑った。
「はっははははは。そうかい。たまにそういう奴が通る。あんたも、信仰を見つめる旅かい?」
馬鹿にされているような気がしてリギルは苛立った。それを察したナトカは、それでもまだ笑いながら言った。
「いや、悪い。でも、あながち間違っちゃいないんだろう?」
リギルも、考えてみればそうだと感じて
「そう言われれば、そんなところだ」
と応じた。
「まあとにかく入ってくれ。せっかく来たんだ。飯でも出そう。それとも一杯やるかい?」
家に上がるとナトカは奥の方から引っ張り出してきた広い卓を部屋の真ん中に乱暴に置いた。後に続いてナトカの風貌と似つかわしくない華奢な女が背もたれの付いた椅子を運んできた。
「どうぞ」
リギルはおそらく心を読まれると考えて、あえて何も想像しないように注意した。それなのに、女は自ら言った。
「先ほどは、失礼いたしました。声が聞こえてはいたのですけれど……お待たせしてしまって」
ナトカはまた豪快に笑って言った。
「そんなにびっくりすることないだろう? あんたにゃ悪かったが途中でやめるわけにもいかないんでな。分かるだろう?」
なんて下衆な男かとリギルは内心軽蔑を隠せなかった。
「よう! 下衆で悪かったな! あんたこそ、そんな神妙な顔しても何も始まらねえぜ。あんたが何をどう悩もうと勝手だがよ? それと、先に断わっておくが、言いたいことは口で言ってくれ。俺はもう面倒だからいちいち人の心持ちを読んだりする気はねえからよ」
女が濃い色の付いた酒を運んで、卓に置いた。この女はナトカの妻だろうか? ナトカとはまるっきり逆で、口調も物腰も優雅で繊細、華奢な体つきと相まってひどく艶を感じさせた。リギルは不思議に思った。
「お酒はお好きですか? 良かったら、付き合ってあげてください」