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視界に入ったとはいえ、リギルがその家に辿りつくにはさらに途方もない距離を歩かねばならなかった。しかしリギルはもう無心で休みなく歩き続けた。
ついにその家のそばまで辿りついた。そこで街道は右、左、そして中央へと大きく分岐していた。中央をそのまままっすぐ行けば、おそらく街まで行けるだろう。リギルは一度ぐるりと周囲を見渡した。左右の道の先には何一つ見えない。
家には入り口の扉がなかった。
「だれか」
リギルは入り口から少し離れたところで声をかけてみた。
「……だれかいらっしゃるか」
リギルは少し待ってみたが、だれも出てくる様子がなかった。仕方なく入り口から覗き込むと中には一段高くなったところにすぐ一間あり、その奥にも部屋があるようだった。
返事はないが、奥の部屋で人の気配があった。よく聞くと、女のうめきとも叫びとも取れる声が断続的に聞こえた。リギルは咄嗟にまずいと感じて、いったん家の外に退散した。そうかと言ってすぐに立ち去る気もしなかった。リギルはその家の脇から回って木蔭に据えられた台座のようなところに腰かけて、持っていた残りわずかな水を飲みほした。
もといた町からどれくらい歩いてきたのだろうか。途中何度か眠ったことを考えると、とんでもなく離れてしまったような気もする。そもそも天に集められた人々が、これほど離れて暮らす意味があるのだろうか? いや、しかしイラが言っていたように、ふつうは移動用の人が乗ることのできる車を使うなら、思っているほど遠いということもないのかもしれない。
ふとイラのことを思いだしてリギルはイラの心を探ってみた。イラも今リギルの様子を知ろうとこちらを伺っているようだった。
「イラ……イラ……」
リギルは、こちらがイラのことを考えているということを伝えるために、心の中でイラの名を何度か呼んだ。
「リギル……聞こえる?」
イラはリギルに話しかけるようにそう思い浮かべた。
「聞こえている……もうすぐ街に辿りつく。私は今街道沿いにある家の庭で休んでいる」
「そう……ふふ。少し取り乱しているようよ。リギル」
「……いや、ごまかしても無駄だな。家の主人は今あの最中だったんで、こうして一人で待っているわけだ。可笑しいか?」
「いいえ。リギル。そこからまっすぐ行った大きな街が、私の天での故郷よ。私は目覚めてから長い間そこにいました。私の両親と、私の会衆にいた何人かの人と。その街は、天では『色欲の町』と呼ばれているわ」
リギルは複雑な気持ちがした。嫉妬か、憎悪か、それと、願望や妄想の入り混じった嫌悪感。その心はリギル自身もすぐに言葉に表せないが、イラにはそのまま伝わってしまう。
「そんなに恐れることはないわ。あなたの望むままに。それに、リギルが何を思っても、何をしても私はきっと驚かないわ」
リギルは、ほとんど自覚もなく、言葉にすれば「愛している」としか言い表せないようなイラに対する感情を心に浮かべた。イラはそれを感じて一人微笑んだ。