ナトカの家 1
イラの話では、街道伝いに行けばいずれもっと大きな都市に出るということだった。ただ、歩いていくには途方もない距離なので乗り物を調達したほうがいいとイラは勧めた。しかしリギルはむしろ自分の足で歩いてみたいのだと断った。
長旅のつもりだがリギルは意外に軽装だった。気候が変わる心配もないし、天では特に何も食べなくても飢えることはない。それに、そもそも天にいるのは全員がクルの教徒であり、現世でありがちな心配もほとんど無用だろう。しかし、リギルは少しだけ刃の長い片手用の短剣をイラに所望し、あとは小物と水を入れた袋を携行した。
町を出てしばらくすると人とすれ違うこともなくなった。街道は初めのうち何度か大きな分岐があった。それに、そもそも街道といってもそれはかろうじて「道」であることが分かるという程度のものであり、仮にその道から多少外れて進んだとしても、障害物はおろか視界を遮るものもほとんどないので、必ずしも街道に沿って歩く必要すらないかもしれない。が、リギルはイラから聞いたところを頼りに街道をできるだけまっすぐ進むことにした。
振り返るとかなり長い間もとの町が見えていたのだが、それもだんだんと小さくなり、ついには目を凝らしてもあるのかないのか分からないほどになった。あとは自分の前にも後にもまっすぐな一本道と真っ白な空だけが目の届く限り続いているだけだった。
リギルは、まるで何もない道の上でしばらく座り込んで休憩したり、仮眠したりを繰り返しながらひたすら進んだ。あまりにも殺風景だったのでどれほど進んだのか、それどころかそもそも自分がどちらから来てどちらに向かっているのか、感覚が麻痺するように思えた。まるで広い世界に自分しか存在しないような錯覚に陥りそうになる。その度にリギルはイラのことを思った。
実は、遠く離れてもリギルはイラと心を読み合うことで互いの様子を知ることができた。また、タイミングよく二人が同時に相手のことを思うなら、まるで会話しているかのように意思の疎通も可能だったので、リギルは完全に孤独という訳ではなかった。ただ、イラはリギルの体に寄り添ったり手で触れたりすることができないことを時折嘆いた。それは、いつも感じるような性的な興奮を伴う情欲とはまったく違う新鮮な切なさであった。そしてその心の動きはリギルにもはっきり伝わった。
「何か見える」
リギルは思わずイラに話しかけるように呟いた。しかし、この時イラは出かけていて、リギルの心に集中していなかったので伝わらないようだった。リギルは街道のずっと先のほうにぼんやりと家屋のようなものが見えることに気が付いて、思わず足取りを速めた。
建っているのはおそらく一家族ほどが住むような小さな家が一軒だけだ。周囲には木立があるように見える。おそらく庭だろう。リギルは少しずつ露わになってくるその様子に注目しながらずんずん進んだ。しかし、はっと気が付くとその家のもっとずっと先、さらに遠方にうっすらと土色の塊のようなものがあった。それはおそらく密集した建物、街だ。




