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リギルは母親に抱かれたままひとしきり泣いた。落ち着くと自分から母親に今日のマセルとのことを話そうとした。しかし、自分でもよく整理がついていなかったのでうまく説明できなかった。
「じゃあ、リギルは、蹴れと言っていないのにマセルが自分でクル像を蹴ったのね?」
「うん。でもさ……」
「うん?」
「でもぼくがマセルを怒らせちゃったから、マセルは悲しくて、それでやったんだよ、マセルはお父さんがいないから」
「リギル、マセルにお父さんのことを言ったの?」
「ボク言わないよ! でも、マセルはクルと遊べ、って言っちゃった」
「そう……でも、それでマセルがクルを蹴ったりするなんて、マセルいつもとっても優しい子なのに」
「だから! ぼくが悪いんだよ。マセルは本当はぼくに怒ってるんだ。でもクルを蹴ったんだ。ぼくが弱いからだよ、だから」
リギルがまた泣きそうになったので、母親はリギルをもう一度強く抱きしめた。
「明日、マセルにちゃんとごめんねって言える?」
「うーん……ぼく言うけど、マセルは許してくれないよ」
「じゃあ、このままでいい?」
リギルは嫌だ、と首を横に振った。
「じゃあ、ちゃんとマセルに謝りなさい。マセルだってきっと悲しいよ。リギルともう遊べなくなったら」
リギルは少し考えてから、うん、と頷いた。
会所での集まりから父親が戻って来たとき、リギルはもう眠っていた。母親がマセルとのことを父親に話した。
「そうか、マセルのことはさっきクセルから聞いたんだが、ということはリギルがけしかけたようなもんだな」
「ええ。でもマセルが少し心配だわ。そんなことする子じゃないと思うんだけど」
「うん。ただマセルは少し思いつめるところがあるからな……明日マセルの家に謝りに行こう。リギルも連れて行くよ」
次の日、大人たちが会所に集まったときマセルの話になったが、大方は単なる子供の悪戯だから取るに足らない、というような見方になった。しかし、当のマセルとリギルは互いに意識しながらもそれぞれ他の子と話していた。そのうちに子供たちはみんな庭に出て行ったが、二人はそれぞれ会所の隅のほうにぽつん、ぽつんと座ったままだった。
リギルの父親がその様子を見てリギルに近づいて言った。
「リギル、マセルにはもう謝ったのか?」
「うん。ぼくごめんって言ったんだけど……」
リギルは会所に来たときマセルの顔を見つけるとすぐに謝るつもりで一度声をかけたのだが、マセルはじっとリギルの顔を見ただけで何も言わなかった。それから二人とも気まずくなってしまい近付かないようにしていた。
「ちゃんと謝ったんならもういい。あとでマセルの家にいくぞ。マセルのお母さんも心配してるだろう? ちゃんと言っとかないとな。お父さん用事が終わるまで、マセルといっしょに待っていなさい」
父親はリギルにそう言っておいた。会衆の日常的な運営は男たちがやっている。マセルは母親しかいないのでいつも一人で会所に来て遊んでいる。たいてい帰りはリギルといっしょだったが、今日は一人で先に帰ってしまうかもしれない。リギルは、声をかけないままじっとマセルの様子を見つめていた。
マセルは一人で隅のほうに座って俯いている、ひとりで何かぶつぶつ言いながら足を振っている。歌でも歌っているのだろう。リギルは、マセルがまだ帰るつもりがないようなので少し安心して、じっと見ていた。
しかし、不意にマセルが立って会所を出て行こうとしたようなので、リギルは慌ててマセルのところに走って行った。
「待って! マセル」
マセルは黙ってリギルのほうを振り向いた。
「お父さんが、マセルの家に行くから待っててって……」
マセルはそれには答えず、まだ何かを口ずさみながら、さっきいた場所にまた座った。リギルは、口はきいてくれないけれども、とりあえず自分の言ったことがマセルに伝わったようなので少し嬉しくなった。リギルはわざと体が触れるほどマセルの近くに座った。マセルが何か言うかと期待したが、マセルはずっとそのままでいた。リギルの父親が戻ってくるまで、二人は黙ってそうしていた。