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リギルは、できればまだ妻に会いたくないような気持だった。だがあまりうろついても変なので、一つ角を曲がってすぐ脇にあった休息所のようなところを見つけて腰を下ろした。
イラが言うように、相手の考えが分かるならいったい何が起こるだろうか? 少し想像してみたがリギルには見当がつかなかった。
「まあ、嘘はつけなくなるな……」
それくらいのことであった。仮に自分だけが他人の心を読むことができるのならまだしも、全員が互いに分かってしまうのでは特にたいした意味があるとも思えない。まして現世ならともかく、ここは天国なのだ。人を騙したり出し抜いたりする必要そのものがない。
「いや、待てよ?」
こう考えるのは、この天国が自分の考えている通りの天国だった場合の話だ。クセルたちやイラに聞いたところを合わせて考えると、とにかくここはそもそも自分が生前想像していた天国とは似て非なる世界であろうことは間違いない。
天国に来た人々は最初、天に住む人々が貪る限りのない快楽に戸惑う。それは堕落であり罪であると感じる。しかしそれは、現世での倫理や規範、死を絶対的な前提としている人間の思考を通して見るからそうなのであって、天にはそもそも罪も堕落も存在しない。天の人々はまさに永遠の命と無限の欲望の充足をクルによって授かったのだとイラは言った。
「本当だろうか……?」
確かに理が通っているような印象も受けたが……しかし、何の保証があってそんな解釈がまかり通るのか。クルの十言にそんなことを示唆するような言葉はまったくないではないか。
「人間の解釈ではないか……」
リギルは生前から繰り返した言葉を思い出した。
「人間の解釈」
それは会衆でこのような議論が起こるときにいつも言われたことであった。何を言おうと信じようと、結局はすべてわれわれ人間が勝手にこしらえた解釈に過ぎない。クルの意思はクルしか知らない。だからこそ我々は自由なのだと。
今この天において何をしようと、だれもそれがクルのご意思だなどと断定できるはずはない。快楽も堕落も、勝手にすればいい。それがだれの意思であろうと関係ない。俺は俺の信義に従って生きるだけだ。この天でも。マセル……
「マセル……」
リギルは泣きたいような気持になった。夜のこない真っ白な空から逃れるためにリギルは目を閉じて両手で顔を覆い、いつまでもじっと動かないでいた。