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イラと並んで歩いていると、すれ違う人がちらり、ちらりとこちらを伺っているように思えた。だがイラはまったく意に介さない様子なので、リギルも平然を装って歩いた。空は真っ白のままであった。
「ずいぶん長居してしまったと思うが、いったい今何時頃なんだ?」
「ふふ。天国には昼も夜もないのよ。ここの人たちはだれも、時間なんて気にしてないわ。遠くの、もっと大きな都に行けば時計を使っている場所もあるけど」
「そうか……なぜ笑う?」
「最初みんな同じ質問をするからよ」
「ああ、そうだろうな」
「ここは見たところ、生きてたときと変わらない世界のようにも見えるが、何というか……何かが違うという感じもする」
「でしょうね……奥さまのことを言ってるのね?」
「いや、それだけではないが。何となく……そんな感じだ」
「一番違うところを教えてあげましょうか? そのうち分かるけど、実は、天国ではみんな他人が今何を考えてるか分かってしまうのよ」
「何を……え? 本当か!」
「そうよ。あなたが考えてること、私には全部わかってるのよ」
リギルは俄かに信じがたかったので、イラを試して言った。
「本当なら、では今俺が何を考えているか、当ててみてくれ」
「ふふ。いいわよ……数字の『2』、でしょ? それに、『まさかそんなことがあるはずがない』って思ってる」
リギルは驚いて、何と言っていいか思い付かずに黙ってイラの顔を見ていた。
「私って、やっぱり思ったより若いな、って今思ったでしょ」
「……あ、ああ」
「それなのに、たくさんの男たちに弄ばれて……気の毒だって思ったでしょ」
「いや、そんな……いや、すまない」
「あなたを呼びに来たあの婦人は私の母ではないわ。それに、別に私はあの人に言われてやっているわけでもないのよ」
こうまで自分の考えていることを言葉にされるともう疑う余地がなかった。そして、最初から自分の思いがイラに読まれていたのだと気が付いて、イラに申し訳ないような気持ちになった。
「ふふ。いいのよ。もう慣れてるわ」
「……すまないな」
「それより、あなたも人の気持ちが読めるようになるのよ。しばらくすれば自然に分かると思うけど、よかったら私がやり方を教えてあげましょうか? だからまた私のところにいらっしゃいよ」
歩いているうちにリギルにも分かる場所に来ていた。
「それじゃ、あそこが奥様の家よ、分かる?」
「ああ。ありがとう……また、近いうちにまた行くが、いいかな?」
「もちろん。いつでもいいわ。待っているから」
イラは立ち止まると、もう一度リギルの顔を見て微笑んだ。そのまま振り返ると、もと来た道を駆け出した。リギルはイラの背中に向かって声をかけた。
「イラ! ありがとう!」
イラはそのまま駆けて行った。