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「何も怖がることはないでしょう?」
「しかし……」
「これは私が望んでお引き受けしている役目なのです」
「役目? 役目とは何だ? こんな、こんなことの」
クセルはこれ以上イラの意識を感じることを怖れて目を背けた。
「クセル。あなたが驚くのは分かります。でも、この世界では私たちはもう罪や掟から解放されているのです。あなたが頑なに信じ守ってきたその罪悪感や規律。もうそれは必要ありません」
「そんな、そんなことは」
「いいえ。むしろそれらは信仰の妨げです。クルはすべてを見通して私たちの望むものすべて準備されます。よく思い出して。あなたはわたしの想像が罪だと思っていますね? でもそれはあなた自身が決めたことです」
「そんなことは」
クセルは混乱していた。
「信仰そのものすら自力で守れるなどと考えてはいけません。あなたが躊躇する気持ちは分かりますが、自分の力や自分の考えを頼って信仰を守ろうとするのですか?」
「……」
「あなたは、あなたの欲するまま手にします。ここは自由です」
「私は、私はそんなことは望んでいない」
「いいえ? よく思い出して。クセル。でも急ぐことはありません……ちょっと、飲み物を取ってくるわ」
イラはゆっくりと立ち上がると一度部屋を出て行った。クセルはあまりに唐突なイラの話に、とにかく反論しようと考えたが半ば呆然として何も浮かばなかった。もっとも、ここへ来てからクセルは毎晩いろいろ思い巡らせていたが何も整理がついていないのだ。まともに何か言い返せるはずもなかった。
確かにここは生前想像していたような天とは違う。
イラの意識を知り、それはクセルには受け入れがたいもののように思えたが、実は天に来たときからここがそれほど善良で潔癖なところではないということも薄々は感じていた。
周囲の人々の心に、しばしば信じがたい夢想が起こることに気が付いたからであった。一方で、その同じ人々が、みなクルへの忠実な信仰を抱いているのも確かだった。クセルはこれらをどう解釈すればいいのか分からず戸惑っていたのだ。もちろん、それを周囲の人に聞くことも憚られた。
クセルは表面上平然を装って接していた。しかし、おそらく自分が感じていることも周囲の人々は知っているはずで、その上でだれ一人咎めることも、口にすることすらなく毎日が過ぎていた。
「その答えをこの女は知っているというのか……?」
クセルはイラの意図がはっきり理解できたわけではなかったが、少なくともイラはこのような自分の疑問に関わる某かを述べているのだと漠然と思った。