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マセルはいったん当てもなく出て行ったが結局クル像のある会所に戻って来ていた。家に帰りたくなかったので、だれもいなくなった会所で椅子に腰かけてしょんぼりしていた。
「あれ? マセル何やってんだ。もう暗くなるぞ」
夜の集まりの準備に来たクセルがじっと座っているマセルを見つけて声をかけた。クセルは会衆の中ではもう一人前の青年だったが子供たちからは年の離れた兄のように慕われていた。いつも気安く話しかけてくるマセルが何も答えないのでクセルが見ると、マセルの顔には砂埃と涙の跡が残っていた。クセルは持っていた燭台をいったん講壇の脇に置くとマセルの隣に座った。
「どうした。けんかでもしたか?」
ううん、とマセルは黙ったまま首を横に振った。クセルはマセルが話し出すまで待っていた。
「ボク、クルに悪いことした」
「うん? クルに?」
「……クルを蹴った」
クセルは事情がよく分からなかったが、話をよく聞いてやろうと思って一度大きなため息をついた。
「どうしてマセルがクルを蹴るんだ?」
「……」
「間違えて当たっちゃったのか?」
マセルはまた黙ったまま首を横に振った。クセルはまたマセルが話し出すのを待った。
「もう遊ばないって……だれも遊んでくれないから……」
マセルは思い付くままに話したがクセルにはさっぱり分からなかった。
「とにかくもう遅い。もう家に帰ろう」
クセルはマセルを送って行こうと立ち上がったがマセルはじっと動かなかった。埒が明かないのでクセルは少し強く言った。
「マセル。もう夜の集会が始まるんだ。お母さんには俺がちゃんと言ってあげるから」
クセルは事情がよく分からなかったが、とにかくマセルがクル神の像に何か悪戯をしてしまって母親に怒られるのが恐いので帰れずにいると思った。クセルはマセルを抱っこして家まで連れて行った。そして、いずれにしろ子供の他愛ない悪ふざけだろうからあまり強く叱らないでくれと念を押してクセルは急いで会所に戻って行った。
しかしマセルが家に帰ろうとしなかったのは実は母親の叱責が恐かったからというよりも、自分のしでかした罪をリギルのせいにしたくないという意地のような感情があってクルを蹴った理由をどう話したらいいのか思いつかなかったからだった。
結局マセルは自分がクルを蹴ったということは素直に話したが、母親が何度その理由を聞いても何も話さなかった。マセルがあまりに頑なだったので母親はマセルをこっぴどくぶった。しかし、それがクルに対する自分の謝罪のように感じたのでマセルはむしろ甘んじて罰を受けた。




