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クセルたちは、いつものように街道の脇にある広場に屯していた。そこへ一人の女が割って入ってきた。
「クセル様」
唐突に声をかけられて振り返ると、女は見たところ四十過ぎの小奇麗な婦人だったがクセルは見覚えがなかった。
「クセル様にぜひ会ってお話ししたいという女がおりまして」
「失礼、どこかでお会いしましたか?」
「いいえ。でもクセル様のご様子は前から知っておりました」
「そうでしたか。ここはかなり大きな街ですので私たちのような田舎者は右も左も分からず失礼しております」
「いいえ。そんなことは仰らないでください。私たちはみんなクルの下にあって一つの家族です。ところでこれから少しお付き合いいただけますでしょうか?」
婦人はそういうと返事も聞かず歩き出した。クセルは躊躇したが、仲間たちも笑顔で頷いた。
「みんなは何か知っているのか?」
クセルは事情はよく分からないが、婦人の姿を見失いそうなので慌てて追いかけた。
「みんなは、あなたのことを知っていたようだが」
「ええ」
街道から脇道に入り、石段を降りるとそこからは人が二人並んで歩くのも窮屈だった。クセルは少し距離を置いてついて行った。背後から様子を伺いつつ、クセルは婦人の心をこっそり読もうと試みた。だが、これから行く先の道順以外特に何も読み取れなかった。おそらく婦人はクセルに何も悟られないようにわざと道順のことだけに意識を集中しているのだ。クセルは警戒した。
婦人は一度クセルを振り返ると、そのままある家へ入って行った。この家に来ることだけはクセルにも分かっていた。廊下を通り、婦人に促されたのでクセルは先に部屋に入った。目が慣れないせいで中は薄暗く感じた。部屋の真ん中に複雑な模様の敷物が敷いてあった。そこに女が座ったまま、まっすぐにクセルのほうを見つめていた。人がいると思わなかったのでクセルは少し身じろいだ。
「イラと申します」
崩して座っている女の脚がぼうっと見えた。声からするとイラはちょうど婦人の娘くらいの年頃に思えた。
「私がクセルですが何用でしょうか」
「ええ。わたしの横に来て、お座りください」
クセルは訝って婦人のほうを振り返ったが、婦人はいつの間にかいなくなっていた。
とにかく状況が呑み込めないまま、クセルは言われるままイラに近付き、敷物の上に胡坐をかいた。
「私の横と言ったでしょう?」
イラは膝を崩したままクセルの右にずれると、触れるか触れないほどに寄った。暗さに慣れてイラの姿がはっきり見えた。クセルは狼狽えた。それと同時にイラの心を読もうとしてその顔をまじまじと見た。
瞬間、クセルの意識にイラの心が現れ、それがあまりにも突飛だったのでクセルは胸を強く突き上げられたような衝撃を受け、早打つ脈が全身を走った。
イラの中には、全裸で犯されるイラ自身、縛り上げられ吊るされて責めを受ける、あるいは自ら喜んで前戯に興じるイラ自身、あらゆる妄想があった。なんとその相手は皆クセルだったのである。
クセルは全身が痺れて血管だけが膨張したような感覚を止めることができずにいたが、イラがその右手をそっとクセルの腕にあてて優しくなでた。
「イラ」
クセルは辛うじて言葉を吐いた。すると今までほとんど息をしていなかったのか、急に息苦しさを自覚して何度も深く呼吸を繰り返した。イラが自分に手を当てていることは分かっていた。
ようやく落ち着いてきたので、クセルはイラの手を丁寧に制止して腕から離し、もう一度深く呼吸してから、やっと言った。
「イラ。いったい……私には、状況が分からない。どういう……何を、するつもりだ」
イラは、クセルが落ち着いたのを確かめると今度はクセルの正面にずれて、まるで何事もないかのように嫌みのない笑顔を見せた。クセルは、最初の印象よりイラがもっと若いように感じた。