クセルの困惑 1
マセルの死から十数年が経過した。マセルの奇策によって生き長らえたクセルたちはバツカノの圧政に従いながらも水面下ではクルへの信仰を絶やさず、それぞれに人生を終えた。
クセルは家族と会衆の者に看取られて眠るように逝った。クセルは天に移され、周りには多くの仲間が取り囲んでクセルの目覚めを待っていた。その中にはクセルが現世で死ぬ時点ではまだ生きているはずの者もいた。
「ここは……天、なのか……?」
クセルが目覚めると、会衆の仲間たちが和やかな笑顔で迎えた。
「クセル。ついに来たか」
「みんな、お前が来るのを待っていたぞ」
クセルは一人ひとり仲間たちの顔を確かめるように見回した。
「お前たち……おお。お前たちは……? まだ生きているはずでは」
「びっくりしたか? クセル。俺たちは一足先にこっちに来ていたんだ」
クセルは立ち上がり、一度深く呼吸すると、また皆を見回した。
「どういうことだ。まだ死んでいない者までいるとは。世の終わりが来たのか?」
クセルはそのつもりはなかったのだが、皆クセルがおどけて冗談を言ったのだと思って笑った。
「いやいや、そうではない。まあ、順番が違った、と思えばいい。先に死んだからと言って先に来られるというわけではないようだぞ」
クセルは自分では死んでから何分も経っていないような気がしていたので、すぐには信じがたかったが、今はとにかく会衆の人々と共に天国で復活できた喜びの方が大きかった。
その日はそのまま宴が催され、クセルたちは互いの信仰を讃え合い、大いに酔った。
「私たちが今ここにいるのはマセルのおかげなのだ」
クセルは生前からずっとマセルの犠牲に対する負い目を感じていたので語らずにはいられなかった。そしてだれもが心からそれに共感するに違いないと疑わなかった。しかし、
「お? 得意のクセル様の説教が始まったな。また聞けるとはありがたい。はっはっは……」
クセルは思わず次の言葉を飲み込んだ。自分が茶化されたことよりも、経緯を知っているはずの会衆の仲間たちが、マセルについて話している相手に対してこのような軽率な態度を取ることに奇妙な不安を感じて一気に酔いがさめてしまった気がした。
すると、そんなクセルの表情を察してか
「はは……まあ、マセルには俺たちだって感謝してる」
「あいつも考えてみれば、大した男だったよ」
と会衆の者たちも口々に言った。しかし、それは余計に芝居じみているように感じられた。