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この世界自体がどこまで広がっているかは分からない。しかし、少なくとも知り得る範囲で現存するここの住人たちは、アジョ派も含めてその全員がクル教の信徒のようだ。とすると、やはりこれが地獄の全貌ではあり得ないだろう。
マセルが現世において属していた会衆のことも尋ねてみたが誰も知る者はいない。縁のある人間がまったくいないのはさみしい気もしたが、ここは地獄なのだから却ってそのほうがいいのだとマセルは一人納得した。
タミルノたちは特に組織だった統率もなく生活しているようだが、アジョ派という一派が閉鎖的なのでそれ以外の者は必然的にタミルノたちと親しくなるようだ。アジョ派は特に許したものしか仲間と認めない。内部では独自の統治体制があるらしい。そしてグループ内でのみ流通する貨幣も使用している。
さっき市場でヌルが言っていたアジョ派の一角では、やはり貨幣を使って取引しているらしい。住人の話ではそこで売っているのは煙草のような弱い麻薬とか異常な酩酊を誘う媚薬のようなもの、またクルを象った装飾品や携帯具などだという。
確かにいかがわしい。ただし、考えてみればそれらが信仰上明らかに悪であるとも言い切れないとマセルは思った。そもそもクル教は禁忌とか戒律といったものとは無縁の宗教であるはずだ……ふと、マセルは、もしかするとタミルノもそう考えているのかもしれないと思った。そして、タミルノはああ見えて案外と理知的な人物なのかもしれないなどと想像した。
そもそもマセルはここの住人達がなぜ地獄に引き渡されたのかと感じる。もちろん自分自身はある意味その覚悟をもって死んだ。いわば地獄を選んだのである。しかしここの住人達はみんな素朴で善良な人々に見える。現世でいったい何があったのか。それとも、クル教の信徒であること自体が関係しているのか?
あるいは……もしかすると、自分はまだこの世界の本当の姿を見せられていないだけなのではないか、という考えが頭に浮かんだ。しかし、そこでマセルは自分が疑心暗鬼になっていることを他の住人に知られるかもしれないと気が付いてその考えを否定した。しかし、少なくともなぜヌルまでが……マセルは混乱してきた。いずれにしろ、これからもっといろいろと知っておかなければならないことがあるようだ。一度大きくため息をついてから
「ヌルー!」
と声をかけた。