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リギルは自分がただどうしてもマセルに勝てないことで意固地になっているだけだということはすぐ自覚した。しかし一度こんな口をきいてしまった手前、引っ込みがつかなくなってしまった。
「帰れば?」
もう一度リギルが言った。リギルは少し前から自分の父親に手ほどきを受けていた。どうしてもマセルに勝ちたいと、父親に授けられた手順を何度も練習し、今日こそはという気合で臨んだのである。しかしマセルには通用しなかった。リギルは自分の父親の面目まで傷つけられたかのように感じてついみっともない態度を取ってしまった。
「どうして?」
マセルはもっと泣きそうになったので短く聞いた。
「マセルは強すぎるから。もう決闘はやらない」
「じゃあ……じゃあぼくだれと遊べばいいの?」
マセルはもう泣いていた。
「知らない、そんなこと……もうだれもマセルとはやらないよ」
リギルは自分の父親のことを思いながら言った。父親が言っていた「負けて潔くなければ、決闘をする資格はない」という教えにも背いてしまったと気が付いて絶望的な気分になった。同時に、マセルに父親がいないことを思い出した。マセルが幼い時からいつも「お父さんはクルといっしょにいる」と言っていることを思い出して。それでついこう口走ってしまった。
「クルと遊べば? マセル強いからクルじゃないと勝てないよ」
マセルの表情が変わった。涙が急に引いて、代わりに、だれにというのではない憎しみのような感情が身体じゅうを締め付けるように感じた。両手の拳がきつく握りしめられていた。リギルは急にマセルの表情が変わったので驚いた。一瞬見たマセルの眼が自分を見下しているように見えて怖くなった。マセルがいきなり走り出したのでリギルはその後ろから叫びながら立ち上がった。
「マセル!ごめん!マセル!」
マセルの様子を見て、リギルは焦った。整理はついていないが、とにかく自分が何かとんでもないことを言ったせいで、このままでは取り返しのつかないことになると思った。リギルも後を追って走り出した。
リギルが見ると、マセルの右足がちょうどクル像の左腿の辺りを何度も蹴りつけているのが見えた。リギルは夢中でマセルにしがみついた。
「マセル!ごめんマセル!」
リギルはマセルにしがみついたまま何度も繰り返した。マセルは何も答えないまま蹴りつづけていたが、そのうちにまたマセルは涙があふれてきて、クルを蹴るのをやめると一度リギルの顔を見たが、そのまままたどこかへ走って行った。リギルは少しの間呆然とクル像の前にへたり込んでいた。リギルも泣いていた。泣いたまま立ち上がってとぼとぼと歩いた。
リギルはマセルを探し回って外をとぼとぼと歩いた。探してどうするのかも考えず心の整理もつかないままとにかく探し回った。辺りが薄暗くなり脚に疲れを覚えた。そしてやみくもに歩き回っているうちに家に辿りついてしまった。家の前の石段に立ち尽くしているリギルに母親が気が付いて
「リギル、どうしたんか?」
と言うとリギルは抱きついて大声をあげて泣いた。