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天国のマセル  作者: 中至
イリアエルの詮索
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当のイリアエルはまったく動じずマセルを睨み返していた。感情の映らない醒めた目であった。


二人はその姿勢のままでいた。仲間たちもかける言葉を失ってただ立ち尽くして見守っていた。しばらく完全に無音であった。もちろん周囲にだれもいない祈りの時など、この地では一切の声も音も聞こえないこと自体は珍しいことではない。しかし、今この状況で何人もの男たちが取り囲んでいる中で生じた張り詰めた完全な沈黙。時すら止まったようであった。


その沈黙を見守っていた一人が破った。呟くように言った。


「……マセル……マセル、やれ……頑張れ……」


マセルの心に未だ尽きない闘争の願望がはっきりと読めたからであった。こいつは……マセルはまだ、まいってなどいないのであった。仲間たちは不思議な感嘆を覚えた。だれにしろ、会衆の男たちは子供の頃から何度となく言ってきたはずだ。


「まいった」


だがこのマセルは、目の前にほとんど力尽きて立ち上がれずにいるこいつは、おそらく一度も口にしたことがないのだ。まいったという言葉を。


マセルの闘技は手ごわいとは言えそれほど洗練されていない。イリアエルのそれと比較すれば素人の域を出ていないように見える。それでも向かって行った。なぜか分からないがそれでも負けるということを知らないのだ。そして、前はこのイリアエルに勝ったという。どうすればそんなことが可能なのだ?


「立て! マセル!」


もう一人が叫ぶように呼んだ。他の仲間たちも僅かに頷くようにしてマセルをじっと見た。するとマセルは一度体を捻って両手を地面に付き、ううと小さく唸りながらゆっくりと立ち上がった。


もう声には出さなかったが仲間たちはそれぞれに心の中で叫ぶようにマセルの名を思った。


「マセル! まだだ」

「マセル!」

「もう一度だ。マセル!」

「やるんだ、マセル!」

「マセル!」

「マセル!」

「マセル!」

「マセル! マセル! マセル!」


ゆらりと揺れるようにしてマセルはイリアエルに向かって間合いを詰めていった。立っているのがやっとのように見える。しかし、イリアエルにはもう分かっていた。マセルはそうしていながらきっと最後の力で突然技を出してくるのだ。

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