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マセルはまったく歯が立たなかった。意識的に急所は外しているが、イリアエルの攻めはまったく躊躇がなかった。マセルは何度も倒れた。見る見るうちに痣と腫れでマセルの顔が埋め尽くされた。それでもマセルは怖気付くふうもなくまた向かっていく。取り囲んでいた仲間たちは呆気に取られた。長い間、だれも声を発することなくただイリアエルがマセルを殴打する鈍い音だけが断続的に響き、それはむしろ奇妙な静けさを醸し出した。
ついにマセルが起き上がれないまま地面に突っ伏した。しかしイリアエルはすぐにまた間合いを詰めると構えを崩さないまま黙っていた。ほとんどの仲間たちはイリアエルがこれ以上の追撃を躊躇してマセルに猶予を与えているのだと思ってじっと見守った。しかし、イリアエルは躊躇していたのではなかった。
マセルに戦う力が残っていないなどと一人合点して気を緩め、立ち上がる前に迂闊に追い打ちをかけようとすればそこに油断が生じる。マセルがこの形勢をひっくり返すとすればその機しかないのだ。イリアエルはそれをあらかじめ見切り、マセルが完全に立ち上がったところをさらに撃つつもりなのだ。
「イ……イリアエル……もうやめろ」
イリアエルの考えを読んだ仲間の一人が咄嗟に声をかけた。しかしイリアエルはそちらに一瞥もくれず低い声で呟いた。
「まだ、まいったと言ってない」
少なからず緊張感が走った。確かにそうだが……しかし。何人かが今度はマセルの心を読もうとした瞬間
「うぉおわあっ!」
マセルがうつ伏せの姿勢のまま踵でイリアエルの左足を蹴りつけようとした。だがイリアエルは待っていたように重心をずらすと躱した左足でそのままマセルの膝下の裏辺りを思い切り踏みつけた。
「いううっ」
マセルは悲鳴こそ上げなかったが突然走った痛みに声を漏らした。一瞬動かなかったがそのまま地を転がるようにしてとりあえずイリアエルの間合いから逃げた。踏みつけられた片脚が思うように動かせず、不均衡で無様だった。かなり離れたところで今度は仰向けになり膝を曲げたまま目だけでイリアエルのほうを睨んだ。息が荒い。立ち上がれなかった。
仲間たちは呆然とその様子を見つめていた。