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「言っておくが、あの時のようにはいかんぞ、マセル」
前にマセルの挑発に乗って拳を交えた時には、技では圧倒していたはずのイリアエルがまいったと言ってしまった。しかしあの時には迷い心が乱れていたのはイリアエルのほうであった。今は違う。むしろ今心の乱れているのはマセルのほうで、イリアエルはそれに付き合わされている立場。イリアエルは精神的な優位を感じていた。しかし、いずれにしろマセルはきっとまた一切の手を抜かず本気で向かってくるはずだ。こいつには同情も酌量も無用だ。
「かもな」
一方のマセルは、もはやどちらが勝つか負けるかなどどうでも良かった。ただ半ばやみくもにがむしゃらに向かっていく先を求めているような心持ちであった。
マセルは思った。
「これ以上何か意味を見出そうとしても不毛なのかもしれん。イリアエルの言う通り、自分一人で考え続けてもその源に過去の経緯しかなければほどなく思考は尽きる。むしろ……怒りでも倦怠でも良い、今思い切り何かにぶつかることだ。そうしない限り何を考えると言っても何も出てこない」
少なくとも今やイリアエルは、マセルにとって見ればほとんど唯一本気でぶつかっても動じる心配のない男であった。あらためて考えるとこんな相手は今までまったくいなかった。幼い頃、友と認めたあのリギルでさえ遂にはマセルと立ち合うことを降りたのである。
互いに敵意や憎しみはないが、純化された殺意のようなただならぬ気配を漂わせながらじりじりと間合いを詰める。それに気が付いた仲間たちが何事かと慌てて二人のほうへ駆け寄った。しかし、近付くとすぐに状況を察した。これは決闘ごっこなのだ。そして凄腕と定評のあったイリアエルが以前マセルと立ち合って完敗した経緯も知っていたので、仲間たちはイリアエルがその借りを返そうとマセルに挑戦したのだと思い、遠巻きに取り囲んで見物した。