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イリアエルは今なぜ急にそれを思い出したのか自分でも分からなかった。今や心の太いも細いも、そんなことを長く考えあぐねていたこと自体もすっかり忘れていた。いずれにしろ、その間のおかげでイリアエルは口から咄嗟に突いて出る言葉を飲み込んだ。その代わりに、腰かけたままだがマセルのほうに体を向けて、努めて顔を緩めて穏やかに尋ねた。
「どうしたんだ、マセル。なぜ腹を立てる。マセル、もういいから、分かるように話してくれ」
マセルはしばらく黙っていたが、一度だけ少し深く息を吸って吐いた。
「イリアエル、いっしょに行ってくれ」
マセルはただ繰り返した。イリアエルはとにかくマセルに話させようと考えてそのまま黙って待った。
「昔リギルが、今と同じようなことを言った」
「……クルの像を蹴ったという話か?」
イリアエルはすぐに察した。直接ではないが聞いたことがある。そのリギルという幼友達の名も知っている。
「あいつは意地になっていたんだ。別に本気じゃない。些細なことだ。だが俺は見境なく怒りに任せた。さっきのはそれに似ている。すまない」
「ああ……何となく分かった。さっき俺が勝手にしろと言ったので怒ったのだな?」
マセルはもう一つ深い呼吸を挟んだ。
「たぶん……そうだ。リギルのことを思い出したんだ。いや、その時の自分の感情を思い出したんだ。子供じみた感情だ」
「そういうことはだれにでもある。別に気にすることじゃない」
「だが、ここは現世とは違うんだ。ここでもまた自らの抗しえない感情に縛られ続けるのか。決して本意ではないのだ。俺はお前に怒っているのではない」
「分かっている。安心しろマセル」
「すまない。俺はお前に頼みに来たのだ」
イリアエルはゆっくりと瞬きするようにして頷いてから、話を戻した。
「一つ聞く。お前ここからさらに進んでいったいどうするつもりなんだ。何があるというのだ?」
マセルはじっとイリアエルの顔を見た。困っているようだった。
「……俺にも分からん。いやおそらく行って何を見つけるというのではない。ただ俺は先に進まなければならないような気がしている」
「なるほどな。お前にしては気弱な物言いだな。しかし何となく分かる。それは……そうだな、つまりお前はむしろ先へ進む理由を探したいわけだ。それで、俺にも付き合えというのだな?」
「そうかも知れない。お前の言う通り、きっと……」
持て余すような煮え切らないようなマセルの声が途切れた。少しの沈黙があった。
「分かったよ。なら、俺も行こう」