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ヌルはひとり光源に来ていた。ただ、それは光源を取るためではなかった。
最近では採取する頻度が増して人々は次第に奥へ奥へと侵入している。ヌルも一際奥まで入り込んで行くようになった。ヌルは人気のないところまで入り込むと、跪いて祈り始めた。
ヌルは少し前から、形の良い突出を見せている光源の一つをクル像に見立てて祈りを捧げているのである。悪いことをしているという感覚はなかった。ただ、大人たちのある者はそれをいけないことだと言うから、だれにも言わなかった。他の者に見られないように、また知らぬ間に思い巡らせてそれを悟られないように警戒していた。
ひとしきり祈りを捧げると、いつも最後にはこう願った。
「あと、もう一つお願いします……お母さんが、いつかここに復活しますように」
もちろん、母親はすでにこことは違う地に復活してしまったのかも知れない。それとも……。
この地にいる者は全員が、経緯はどうあれクルの信仰者である。ヌルの母ユリスは現世においてクルを背信した者であった。だからユリスが復活してくる見込みはほとんどないようにも思えた。それはヌル自身にも分かっていた。
ただ……希望を捨てる理由もなかった。どのみち人間の解釈など。ヌルは一縷の望みにしかとすがるようにクルに、いや、正確にはクルと見立てたその光源に向かって祈ることをやめなかった。
ヌルは祈りを終えるといつものように地面を覆い尽くす光源の上にひっそり仰向けに寝そべった。空は変わらず夜明けとも日暮れとも取れる色のままだった。
ヌルはしばらく空を眺めてから目を瞑り、ユリスの顔を思い浮かべた。ユリスがまだタミルノやヌルと共に会所に通っていた頃の、その笑顔……ヌルが思い浮かべるのはいつもその顔であった。
「……あの時、お母さんはまだ会所に来て、みんなと一緒にクルにお祈りをしていた。途中から来なくなっちゃったけど……あの時もみんなでクルにお祈りして、目を瞑って。
あの時ぼくはすぐにお祈りが終わって。だから、みんながお祈りしてる間ぼくは隣に座っていたお母さんの顔をじっと見てた。そうしたら、お母さんが、だめよ、って顔をした。ちゃんと目を瞑ってクルにお祈りしなきゃって。
でも、ぼくは何だか可笑しくなって……だって、ぼくはあの時、もうクルにお願いすることなんか、なかったんだから。だからじっとお母さんを見ていた。そうしたらお母さんも笑った。
あの時お母さんは、どうして笑ったんだろう」
その場面はヌルがはっきり思い出せる一番幼い記憶であった。これより以前のこととなると漠然としてはっきり思い浮かべることができない。また、これより以降のユリスはクルの会所に通わなくなり、しばしばタミルノと口論になり、やがて家を出て行ってしまう。
つまりそれはヌルにとって唯一はっきり覚えている、何の不和も不信もない母の笑顔であった。