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ヌルがじっとそばに黙っているのでマセルも黙っていた。しかし、マセルは少し一人になりたかった。それで、少し落ち着くと何も言わずゆっくりと立ち上がって静かにヌルから離れた。ヌルは追って来なかった。
「俺は何に動揺したのだろう……」
マセルはゆっくりと歩きながら、無自覚に湧き起こった自分の感情をなぞりながら解釈しようとした。
「ヌルは別に俺を責めようとしていたのではない。それは分かっている。だが何かヌルが、いや、ヌル本人と言うよりも、ヌルとの関係か。つまり心が離れていくような……なぜだ。これはばかげた考えだ。うん、ヌルは自立的に自分の信仰を探ろうとしているだけだ。それが不安なのか。
いつまでも子供のままでいてほしいという感情か。おそらく……シリが生きていたならば味わうことになっただろう、息子が一人の男に育ってゆくのを見ている、誇らしさと同時に現れる別離の、喪失の感覚。そんな素朴な感覚が俺自身の中で湧き起こったのだろうか」
マセルは自分の推測に少し納得がいかなかったが、それでもこれ以上の解釈を思いつかなかった。確かに息子と父親との関係とはそのような感情を伴うものであろうと思った。ただしそれは漠然とした一般的な想像でしかなく、もちろん自分自身はその体感を得た経験はない。シリはもっと幼くしてすでに亡くなっていたからである。
しかし、ふとマセルは思い出した。まったく同じではないが何か似たような感情を知っているような気がしたのである。
「あ……リギルか。あいつが離れた時、最後に決闘をした時か? ああ、そうだ。
あいつが、俺の手を掴もうとせず、地面に座り込んでいたときの表情。それを見た瞬間の、今まで疑うことのなかった確かなものがふと消えてしまったような感覚。ヌルのはそれと似ている。
ずっと心の内に友としてあったのは確かだが……違うのだ。それまでのリギルと、あの後のリギル。ああ俺がごめんと言いたかったのは、何を謝ろうというのではないのだ。筋合いを言えば俺が何かを謝罪する理由はなかった。ただ、失いたくなかったのだ。
失わざるを得ないものを、それでも失いたくないという我欲の発露に過ぎない。やはり冷静ではないな、俺という男は。結局どうしようもなく寂しがりな男なのだ」
マセルは自嘲したが、直後にはまた、それが俺なのだと開き直るような自己愛を自覚して、今度はそれをまた自嘲した。
「クル像を討ったのは、結局、寂しかったからか……善でも偽善でもない」
マセルはだれもいないのに一人で笑っていた。
「……ヌルが言うようにあれがクルそのものだったら、そんなことで打ち壊されたんじゃクルもいい迷惑だな」
マセルは徐に地面に膝を付くと、夜明けのような薄暗い空を仰ぐように首だけを上に向けて黙祷した。