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「そもそもクル像自体が偶像ではないのか?」
「いや、それが悪いんじゃない。クル以外の何かに向かって祈ることが問題なのだ!」
人々の間では暫く祈りの対象に関する議論が聞かれた。ヌルの行為を直接に咎める者はいなかったが、おそらくそのことが発端であることはヌルも自覚していた。
「じゃあ、クルの顔分かる? クルの大きさは? どんな体?」
ヌルはむしろ積極的に自分の考えを主張するようになった。
ヌルの考えはいかにも子供らしい素朴なものであった。つまりクル像そのものがクル自身なのだとヌルは頑なに信じて譲らなかった。もちろん、ほとんどの大人たちは微笑ましく思いながらも同調しなかった。ある者は像が信仰の象徴に過ぎないと言い、ある者は像が存在することと信仰そのものとは無関係だと言った。あるいは、クル像は分かりやすい入口に過ぎず、人々の信仰が成熟するに至って必要なくなるのだとか、クル像は信仰の対象と言うよりも会衆の文化の継続を担保するものだとか、口々に論じた。
ヌルはそれぞれの大人たちの言い分があまり理解できなかった。ヌルにとって唯一揺るぎない事実は、そもそも会所にはクル像があって、だれもが事あるごとにそれに向かって祈りを捧げていたという記憶だけであった。
タミルノは多くの者に意見を求められて曖昧にやり過ごしていた。またマセルはもとよりそのような談議に好んで加わる質ではないと思われていたので傍観を許された。ヌルだけがしばしばマセルの考えを聞きたがった。
「マセルはどう思う? クルって、初めから会所にいたよね?」
「ん、まあ、そう言えばそうなんだがな」
「ぼくもね、分かってるんだ。あの、クルっていうのは本当は石で出来てるんだよ」
「うん、そうなんだよな」
「そう。だけどね、ぼくは本当のクルはその中にいると思ってるんだ。たぶんね、クルの心がその中に入ってるって感じなんだ。だってね、ぼくたちだって、体の中に心が入ってる感じだよね。それと同じだと思うんだけど」
マセルは不意にリギルが会衆で叫んだことを思い出した。
「クルを象ればクルが宿る!」
リギルはこの十言を根拠に最後までバツカノに従うことに反対した。象れば宿る……これを文字通りそのまま受け取ればむしろヌルの言い分が正しいとも言える。
「……そうだな、もちろんヌルの言うことを信じない人もいるだろうけど、でも本当はヌルの考えが間違ってるとも、だれも言えないんだ」
「うん、ぼく絶対そう思うんだ」
「それでいいんだと思うぞ。ヌル、それが信仰というのだ」