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タミルノは答えずに考えた。といっても、ヌルの尋ねた内容を考えているのではなかった。ヌルの疑問はすぐに了解したが、タミルノはむしろヌルがなぜそんなことを尋ねるのか、その意図のほうに関心があった。
もちろん、クルは俺たちが全地のどこにいようと祈りを聞くことができるはずだ。クル像というのはあくまで信仰の象徴のようなものだろう。実際にはそれがあろうがなかろうがクルへの信仰にはあまり関係がないと考えるのが一般的だ。俺自身、この地に来てからも当然にクルは自分の祈りを解すものと思っていた。なぜヌルはそれを心配するのか。むしろそこに疑問を差し挟むことは信仰の否定に繋がる気がする。
ヌルはタミルノの考えを察して、心の中で反論した。だって、この地にいない人の心は読めないじゃないか。ここにクルがいないなら、ぼくたちは祈ってもしょうがないんじゃ……
「父さん、やっぱりここは地獄だよ。ここは地獄だからクルはいないんだ」
するとタミルノが黙っているうちに先にマセルが口を挟んだ。
「いや、お前の会所にいたクル像が本物だとすれば、天国にだってクルはいないのじゃないか?」
ヌルはそう言えばそうだ、と混乱した。
「うーん……」
マセルはふと思い付いて尋ねた。
「ヌル、お前たちの会所にあったクル像って、どんな形なんだ?」
「えーっとねー。石で出来てる」
「背はどれくらいだ? 俺より高いか?」
「……ん、ううん、マセルほど高くない。でも、ぼくよりは高い」
「ふうん。そうだヌル、心の中で、クル像をよーく思い出してみてくれ。そうしたら見えるから」
「ああ、そうだね」
ヌルは目を瞑って会所にあったクル像を静かに思い描いた。その像は少し灰色がかった石で出来ていて、彫は着ているものや顔立ちがはっきり分かるほど細かく、とても立派で、ずっしりと落ち着いている。ヌルは改めてその姿を思い出しただけで心は静まり自然に拝むような気持ちになった。
マセルも目を瞑ってヌルの心に描写されたそれを感じていたが、何かに突き上げられたようにはっと目を見開くと静かに言った。
「……同じだ」
最初にだれがクル像を拵えたのか分からないが、少なくともマセルにとってクル像は子供の頃から、最初からそこに立っているものだった。クルの姿を思い浮かべようとすれば、それはあのクル像の姿でしかあり得ないのである。ヌルの心にも、それと同じクルの姿があった。
タミルノとヌルは一瞬置いてマセルが言った意味を悟ると、同じように畏怖と疑いの入り混じったような感覚に突き上げられるように驚いた。