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「よし、じゃあちょっとだけ本気でやってみよう」
マセルが言った。イリアエルが頷いた瞬間マセルは急にかかって行った。腹部を突くと見せかけてマセルはイリアエルの側面に入り込み、後ろから蹴りを当てようと鋭く動いた。しかし、その動きを完全に見切っていたイリアエルはちょうど脇に入ってきたマセルの顔面に体を預けるようにぶつけた。マセルは自分の動きの勢いのまま重心を失って受け身を取れないまま地面に叩きつけられた。
実践ならばここで追撃をくらえば万事窮する場面である。
「……お前は、このような状況でもどうせ、まいったと言わないのだろう?」
イリアエルが言うと、マセルは強か打った左頬の土を払いながら立ち上がって答えた。
「まあな、それに本当ならこうはなっていない」
二人は互いの顔を見合わせて静かに笑った。
「マセル、俺の技はやはり細いのか?」
「細い? ……よく分からんが、お前の技は相対しているうちに何となく読めるのだ」
「やはりそうか」
「うん、いや、確かにお前は圧倒的に強い。技の種も多く、どれも磨かれている。たぶん現世でお前と会ったら、俺はあっけなくやられているだろう」
イリアエルはマセルの指南は的を射ているように思えた。
「つまり、俺の拳は底が知れているというのだな」
「まあ、そうだ。と言っても、それでももう一度やったら、また俺が勝てるかどうかは分からん。お前にとっては不意打ちのようなものだったからな。たぶん次は負けるよ」
イリアエルは小さく頷きながら笑った。
「マセル、でもお前は、まいったと言わないんだろう?」
「はっはっ!」
マセルが珍しく大声をあげて笑った。