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「マセル」
「ん?」
マセルはいつものように一人地面に寝そべって眠るともなくまどろんでいた。たいていマセルは定期的に天光源の採取に行く他はヌルと遊んでいるか、そうでなければこうしてただぼうとまどろんでいるのだ。
「ちょっと相手してくれないか?」
イリアエルが言った。相手と言って、何の相手かマセルはすぐに掴めなかったがイリアエルの心を読むとそれが格技の練習相手だと分かった。
「どうした? さっきの負けが納得いかないのか?」
マセルはわざとからかうように尋ねた。しかし、本当はそうでないことは読めていた。
「いや、そうじゃない。もう一度やれと言うのではない。ただ、練習相手をしてくれ」
イリアエルは、本拠地に戻ったらナモクとやるつもりなのだ。マセルは、返事はしなかったが徐に立ち上がってイリアエルと対峙するように向いた。
イリアエルが構えを取ると、マセルはまるで何の策もないかのように単純にイリアエルの顔を打ちに行った。その拳は軽い素振りのような力のない棒突きであった。
イリアエルは軽く半身を翻してそれを触れることもなく避けた。しかし反撃はせずただ黙ってマセルの次の攻めを待っていた。
それは、まるで子供どうしの真似事のように見えた。しかし、気が付いた周囲の何人かが何事かと近付いてきた。
「いや、何でもない。少し体が鈍ったから、動かしているだけだ」
イリアエルは周囲の者にそう言った。二人の絡みあいに特に殺気も緊迫も感じられなかったので、集まって来た者たちは安心して散った。
二人は、あらかじめ決まった手順を確かめているかのように何度も単純な技の攻防を繰り返していた。とは言え、そもそも技の多様さも動作の鋭さも、マセルのそれはイリアエルには到底及ばないので、マセルは何度も手詰まりのようになり、あるいは関節を組み敷かれたりして動けなくなった。その度にイリアエルはそこで攻めを中止して、また次のマセルの攻めを待った。