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「……イリアエル?」
「ナモク! ナモク! ナモク!」
イリアエルの心を探り始めたナモクは少なからず面食らった。イリアエルが、まるで背中を追いかける子供のように自分の名を連呼しているように感じたからである。
「どうしたのだイリアエル。ずいぶん落ち着きがないじゃないか」
ナモクがたしなめるように言葉を思い浮かべると、それを捉えるやイリアエルはすうと心を鎮めたように見えた。ナモクはイリアエルの心の動きを不思議に思った。イリアエルの心情そのものがひどく流動的で捉えどころなく移り変わっているように見えて心配になった。
「おいイリアエル。大丈夫か?」
だがその自覚のないイリアエルは至って自然に応じた。
「……なにがだ? ナモク。とにかく長い間すまなかったナモク……こんな遠くまで来てしまった。本当は会ってきちんと話をしたいところだが。ナモクよ。とにかく勝手をしてすまない」
「いや……今更。別にだれもお前を裁きはしない。もともとお前は人一倍何でも背負う質だ。少しは自分の好きなように生きて構わないのではないか?」
イリアエルは一度にもっとたくさんのことを伝えたかったような気がしたのだが、実際に話そうとするとたいした言葉が思い浮かばなかったので焦燥と自嘲が混ざったようなむず痒い気持ちになった。
「なあナモク、俺はあんたの心が読めていなかったのか? タミルノやマセルはそう言うんだ。あいつらは、もっと深いところが分かるらしい……今まで考えたこともなかったが、そもそも人の心というものに深さなんてものがあり得るだろうか?」
イリアエルはそんなことを思い浮かべながら同時に
「本当は言いたかったことはそんなことではないのに」
とも思った。
「ナモク? お前にも見えているのか。あいつ、マセルは俺には見えるわけがないとまで言いやがったんだ。いやそれだって……どこまで本心で言ってたのかも分からないのだけど。なにせ俺はお前たちのように人の心の奥底を見透かす芸当などできないから」
「はは。相変わらずだなイリアエル」
ナモクの中にまた幼顔のイリアエルの像が薄っすらと見て取れたので、イリアエルは何か照れくさいようなくすぐったいような気持ちになった。
「お前がどうかと言うよりも、考えてみれば人によって見える部分が違うというのは前からあったのかも知れない。イリアエル。考えてみれば、お前自身がそうだった。だって、周囲の者に聞くとお前はいつも淡々としていて事務的な男だと言う」
「それは統治の秩序を乱さないようにと俺が意識して平静を装っていたからであって本当にいつも冷静なわけではない」
「もちろんだ。だから、つまり心というのは隠そうと思えば隠すこともある程度できるということではないか。それを深さと言うのかどうか分からんが」
「なるほどな」
「俺はそれがなんとも愉快だったのだ。お前がそうして、努めて感情を抑えようとしているのを見ると、愉快でな。ははは」
「……お前には見えていたのか?」
「もちろんお前の考えていることくらい分かる。みんなお前は俺に心底服していると思っていたらしい、お前がここを出て行くその時までな」
「それのどこが愉快なんだ?」
「いや、愉快だよイリアエル。さすがに俺の腹心は、それくらいでなければ勤まらない。俺は却って敬服していたんだ。お前はやはり芯のところが強い。それに理知的だ。俺よりもな」
ナモクはだんだん感情が昂ぶっているように思えた。というよりイリアエルにとっては今話しているナモクは本拠地に共にいた頃のナモクではなくもっと以前の……生前自分が心から慕い、死後もずっと服してきたあのナモクに戻ったような気さえしていた。
「ただ、イリアエル。たぶん本当のお前はもともと他人との優劣を気にする傾向が強いんだろう。それが邪魔して人の心が読みにくいのではないかと俺は思う。お前は昔から人と争うことを嫌ったが、それは本来の傾向を抑圧していることの裏返しだ。俺は前からそう思っていた」
「はっきり言ってくれるな……」
聞きようによっては辛辣だがイリアエルはそれをむしろ快く感じていた。