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マセルより先に、ヌルが練習の成果を得意げに話した。タミルノがヌルの背中を軽く叩いて褒めると、ヌルは照れくさそうに笑った。
「ある程度親しくないと心は読みにくい。まあ初対面でも目の前にいる人間なら読むことができるんだが全く知らない他人の心は読めないぞ。そもそも特定できないと」
タミルノが先輩らしく解説した。
「ほらね。だからボク言ったでしょう?」
ヌルが少しふくれて口を挟んだ。しかしマセルはヌルの様子よりも自分の関心で頭がいっぱいだった。
「なあ、ということは、ここでは全員が互いに心を読めるということだな。俺のことも」
タミルノはマセルがそう聞くのもすでに分かっている、というような顔で微笑みかけると、解説した。
「そりゃそうだ」
「信じられない……」
「だろうな……ここに来ても、いきなり人には会わせないようにしている。お前はなぜかとても落ち着いているけど、かなりパニックになる場合もあるからな。そもそも自分が死んだことすら認められないような場合もあるし、たいていは事情を理解するまで時間がかかる」
「ボクは大丈夫だったけどなあ」
ヌルがまた口を挟んだ。
「お父さんが教えてくれたから」
この地獄には子供もいるが親子が揃っていることは少ないんだ、とタミルノが補足した。
マセルはシリのことを想った。するとすかさずヌルが聞いた。
「マセルの子はもう死んだの?」
「ああ、お前より小さいうちにな。事故だった」
「そう……僕は死ぬ時お父さんと一緒だったから良かった」
「そうだな」
「マセルの子は……うんと……シリっていう名前なんだね」
「ああ、そうだよ」
「シリ……きっと天国のほうに逝っちゃったんだね」
マセルはシリを想いながら答えた。
「そうかも知れないな……」
「うん。本当は僕も天国に行くと思っていたんだけど……でも僕はお父さんと一緒だからこっちのほうがいい」
「そうか」
「シリも、死ぬ前にクルにお願いすればよかったんだよ。そうすればいっしょに来れたかもしれないのに」
「しかし、こっちは地獄だし……え? お前もクル教なのか?」
「うん? そうだよ。お父さんも僕も……ここにいる人たちはみんなそうだよ」
タミルノに確かめたが本当らしかった。
「きっと何かある。ここの住人はみんなクルの信徒だ。俺は今でもクルが唯一の神だと考えている。だとしたらここにクルの信者ばかり集められているのは何か意味があるんだ。何かは分からないけどな……」
マセルはタミルノの言葉を聞きながら、同時にタミルノの心を読んでいた。しかしタミルノが言うとおり、心が読めることがそれほど役に立つとは思えなかった。
「ま、とにかく俺は俺の仕事をするだけだ。困ったことがあればいつでも言ってくれ。まあ、言わなくても分かるがな」
タミルノは豪快に笑った。とにかく、もっとこの世界のことを知る必要があるとマセルは思った。