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組みあう二人を前にして呆然と立ったまま、タミルノは
「とても勝ち目はない」
と思った。打ち込む素早さや身のこなし。技巧ではイリアエルが圧倒しているように見えた。それに対するマセルの攻めは単調で限られている。
しかし、マセルは、同じ手順を再び繰り返して挑んだ。
「何度も同じ手を……をっ!」
しかし一瞬イリアエルは焦った。すでに見切っていたと思ったが、マセルのそれは格段に力強く、イリアエルは思わず押しこまれて僅かに重心を後方へずらした。
マセルはそのまま突っ込んできた。掌底で防御をねじ伏せながらそのままイリアエルの顔面を強く打った。イリアエルは倒れまいと体勢を保ってはいたが、マセルはその間にイリアエルの顔面を今度は拳で思い切り殴った。まったく遠慮がない。冷徹……あるいは残酷とも言えるほどに躊躇なく打ち続けた。
「くおのー!」
イリアエルは大声で気を吐くと、両拳の複雑な動きでマセルの肘を絡め取り、そのまま力任せに絞り上げようとした。しかし、マセルはそれに構わず今度は飛び込むように左右の膝をイリアエルの腹に打ち付けた。
二人ともよろめいたが、イリアエルは組み敷いていたマセルの腕を放し、低く呻くとその場に跪いたままになった。
「……」
イリアエルは迷った。技巧では勝っているという自負があった。しかし今、完全に腕を取られた状態から、にもかかわらず体を投げ出して膝蹴りに転じるなど危険すぎる。下手をすれば、マセルの両肘のほうが先に折れていただろう。
「……無茶だ……マセル、それでは良くしても相打ちだ。そんな一か八かの攻め方では身体がいくつあっても足りないぞ」
イリアエルの警告にも、マセルは表情も変えず黙って立っていた。黙って、ただイリアエルが立ち上がるのを待っている。待っている? いや、その立ち上がろうとする瞬間を狙っているのだ。さらに完膚無き打撃を与えるために……イリアエルは跪いたままマセルの顔を見ずに、言った。
「……まいった」
するとマセルはふと我に返ったように表情を和らげ、静かに手を差し出した。イリアエルは、マセルの手を取って立ち上がった。その鼻から頬骨にかけてひどい痣ができていたが、致命的な怪我はないようだった。