マセルの挑発 1
イリアエルの口を付いて出た言葉に、タミルノたちもはっとした。
「そう言えば……地獄とは呼ぶべきでないかも知れない。少なくとも、俺たちが考えていたような意味での、地獄ではないだろう」
タミルノが言った。しかし、内心ではタミルノは混乱していた。そもそも、俺は自分が死んだ経緯からして、当然に地獄に落とされたのだと考えていた。それに、ずっと俺を惑わせようと苦しめたあの、悪霊……あいつは何度も、俺を天に移すと唆した。だから当然に、こことは別のどこかに、天があるものと俺も思っていた。しかし、それ自体が惑わしなのか?
あるいは、復活後の世界が何階層にも分かれているとすれば、そもそも天国と地獄という概念自体がそぐわないのかも知れない。
タミルノがつい考え込んでいると、イリアエルがそれを否定するように言った。
「人間の解釈だ! どっちみち、そんなのはお前たちの妄想に過ぎん。そうやって憶測をいくら積み重ねても、クルの意思など分かるはずはない」
「イリアエル……ならば、お前はどうやってクルの意思を知ろうというのだ?」
「それは……」
イリアエルは、あらためてそう聞かれると答えに詰まった。
「もちろん探索によってこの地の様子を知ることは一つの策だ。しかし、ではそれによって結局何が分かる?」
タミルノは問い詰めるように続けた。
「俺も、具体的な何か行動に出ることで、この地に何かが起こるのではないかという淡い期待を抱いてきた。しかし……では、仮に奇跡なり、天変地異なりとんでもない事態になったとしよう。だから何なのだ? それを解釈するのもまた人間でしかないではないか」
タミルノは思わず語気を強めたが、イリアエルが答えに窮しているのを見ると、思い直して柔らかく続けた。
「イリアエル。別に俺の考えに従えと言っているわけではない。ただし、お前もお前なりに考えてくれ。本気でな」
しかし、イリアエルは頑なになって、
「何を考えろと言うのだ。何を……人間の解釈なのだ。お前たちが言うことはすべて人間の解釈。どうしたって納得できん。俺を説き伏せることなど、絶対にできないぞ!」
「イリアエル、何を言っている? お前を説き伏せようなどと思ってはいないのだ。ただ、俺は俺の考えを言っているだけだ」
「だから……そうやって、それぞれが勝手な考えを言い合っていても無意味なのだ。だから導かねばならないと言っているだろうが。それなのに、お前たちはナモクにおかしな説を吹き込んで、統治を乱している。俺は断じて与しない。そんなことは許されんぞ」