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実は、タミルノはこの時まだ、イリアエルに直接断定的なことを言うつもりはなかった。マセルと共に探索に出て、近しく接するうちに何か柔らかな変化が起これば十分だというくらいに思っていた。
しかし、勢いで図らずも対峙するような格好になってしまったことを悔やんだが、もう何事もなくこの場を治めるのは難しいだろうと、率直に話すことにした。
「聞けイリアエル。俺も最初はお前と同じように考えていた。俺たちが統率によって心を一つにし、積極的に行動することで道が開けると」
「そうだ。それしかないではないか。何を今さら当然のことを」
「いや……違うのだ。今は俺の考えは違う。そして、ここでマセルとも話していて、確信したことがある。イリアエル……お前は人が思い思いに、勝手に考えているだけではだめだと言ったな。しかし、マセルは、マセルはこう言うのだ。俺たちが、俺たち一人ひとりがそれぞれに、本気で考え、信じた思いこそ信仰なのだと。俺たちはみんな、思い思いに信仰し、自分の思いに従って生きるべきなのだ」
イリアエルはまったく納得できなかった。
「何を言う? それでは人間の解釈がまかり通るだけではないか? 自分の都合や願望を押し付けるだけではないか? それでは、クルの御意思など無きに等しいではないか」
「本気でだ! 本気で、必死に、真剣に考え抜くのだ。そうすれば、そこに邪心や、曲解や、欲が入り込む余地などない。そんなものは人が真摯に考え抜けば怖れるに足らんのだ」
イリアエルは思わず嗤った。
「ふ、ふはは。タミルノ。お前らしくもないぞ。何を夢みたいなことを言っている。そんな完全な人間がこの世にいるか? そんなことで信仰が守られるなら、だれも苦労せんのだ。いったい、現世でいったい何を見てきたのだ? いくら必死に抗ったところで人はいつも裏切られるだけではないか。他人からも、自分自身によっても」
「現世か……。そうだ、確かに現世ではそうだったかもしれない。しかし、イリアエルよ。ここは現世ではないぞ」
「な! ……何?」
確かに、現世とは根本的に異なる世界……信仰の条件も違うと言えるかもしれない。本気で考えるだと? 俺の考えが生半可だから理解できないというのか? 俺だって、いや俺だって当然本気で考え抜いて来たのだ。ずっと、むしろ俺はだれよりも真剣に、クルの御心を想って……
「そうだ。イリアエル」
タミルノはイリアエルの叫ぶような感情を読みながら言った。
「お前も。お前も本気だったろう。なあ、イリアエル。さっきマセルが言ってたが、お前もそう思わないか? ここにいる俺たち全員……この地獄の会衆に属する俺たちは、みんな真剣に信仰を追究してきた者ばかりじゃないか。もちろん、迷い、疑い、時には絶望を感じたのかもしれない、が、みんな真摯に、本気で思い続けているではないか。この地に来た今でも。考えてみろ、現世でこんなことが起きるか? 会衆の全員が、一人も欠けず本気でクルを求め続けていたか? 決してそんなことはない、そうじゃないか?」
「この地では、それが叶うという意味か?」
「ああ、むしろ、それを望む者たちだけが集められていると思えないか?」
イリアエルはどんと胸を突かれたように激しく動悸を感じていた。全く新しいものが心の中に吹き込んできたような、感じたことのない衝撃であった。
「ここは……もしかして、ここは、地獄ではないのか……?」
イリアエルは不意に浮かんだ自分のその考えを無意識に口にして、その言葉に自分で再び驚いた。
「いや……そんなはずはない。そんなはずは」