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「そう、だな。ナモクにはいろいろ思うところがあって、話そうとすると整理がつかないな……」
イリアエルは努めて素直に思った通りのことを言った。
「……まず、あいつは専制的だ。他人の意見を受け入れようと、いや、聞こうともしない。もともと俺たちが理想としてきた体制を前提にしているはずなのに、今や会衆は事実上あいつの好き放題だ。なぜお前たちがそれを見て見ぬ振りするのか? こっちが聞きたいくらいだ」
タミルノもマセルも、表情も変えずにただ聞いていたので、イリアエルは続けた。
「それと……俺はこっちのほうが気に入らないのだが、あいつはそうやって独断で何でも決めてしまう割には、自分で動こうとはしない。結局、具体的なことは何でも俺頼みだ。そもそも」
イリアエルは自分で言っているうちにだんだん腹が立ってきた。今までも内心では穏やかならぬことはいくらでもあったが、こうやって人を相手に口に出して語ると、我ながら本当にそうだと実感がこみ上げてきた。
「あいつは本当は何にも考えていないんだ! 我々のことも、会衆のことも。それ以前に、クルの御意思に沿おうという気がなくなったのではないか? 前はそんなじゃなかったのだ。地獄に来てから……いや、会衆が統一されてからだ! あいつは、まるで腑抜けになってしまったんだ」
少し沈黙があった。タミルノが真顔で話し始めた。
「その、お前の言う、ナモクを腑抜けにしたのは俺だ。イリアエル」
イリアエルは、いったい何を言い出すのかと言う顔でタミルノを見た。
「ナモクに、俺はこう進言したんだ。あくまで自分の心に従えと。だからあいつは、自分の心に尋ね、その心が向かう通りに治めているのだ。もう一つ、俺は、決して自分の力を頼んで事を進めようとするな、と言った。力を頼めば私心が入り込む。欲や、自賛や、達成の感覚が。だから、何もするなと言ったんだ。ナモクは必死に耐えている。自ら何も手を下さないように。あいつにとってそれはむしろ、とても難しいことなのだ」
イリアエルは、タミルノが何を言っているのかほとんど分からなかった。それに何の意味があるというのか? それに、そんな忠告をあのナモクが簡単に受け入れたのか? イリアエルは想像できなかった。
「何だ……? なんだいったいそれは。だいたい矛盾しているではないか。自分の心に従い、思う通りにしろと言いながら、何もするなとは」
「いや、矛盾してはいない」
「はあ? 何を言う。なぜ統治長たるナモクが、何もしないほうが良いのだ。訳が分からん」
「そうか? そうかも知れんな。だから、イリアエル。だからナモクはお前に、まだ何も言わなかったのだろう」
「ううっ?」
何だと! 俺を馬鹿にしているのか。ナモクも、こいつらも! そんな戯言のような話を、納得しろというほうが無理だ。それを、俺の理解が至らないからだというのか? そして、ああ、そうだろう、どうせ理解できないからと、あえて何も伝えなかったと言っているのか?
「仮にも俺は副長だぞ、そんな密約のようなことをせずとも、分かるように話せ。それとも、そもそも筋道立てて話せないようなことなのか? それを盲信と呼ぶのだ。お前たちは、人間の解釈を吹き込んでナモクを惑わせたのだな、そうだな!」