8
「おお、イリアエル」
イリアエルの顔を見ると、タミルノは朗らかな表情を作って声をかけた。ヌルとマセルは黙っていた。
「ちょうど、マセルにも伝えたところだ。今度の探索隊にお前も行かせるとな」
「タミルノ……何の魂胆だ? いくらあんたの配下に置かれたからといって、何の相談もなく一方的に指図するとは、少しおかしいんじゃないか?」
「そうか? しかし、別に探索が嫌だとは言わないだろう?」
「そういう問題ではない。俺は指図の仕方がおかしいと言っているんだ……あんたらしくもない。どうせナモクが考えたことなんだろう? 有りそうなことだ」
「ナモクが? や、ナモクにはまだ言ってない。ただ、お前の面倒はマセルに頼もうと思っただけだ。俺はそのほうがいいと思ってな」
「面倒だと? だれがそんなこと頼んだ? 俺は別に面倒を見てほしいとも思っていない。余計なお世話だ」
イリアエルは、一瞬敵意を持った目でマセルを見遣った。
「はっはっは! そうだな。余計なお世話かも知れんな……まあ、俺がそうしたいと言っているんだ。いいじゃないか、別に」
イリアエルは埒が明かないという顔で鼻から息を吐いた。
「……それで? 今、この地がどうとか話してたろ? 二人で何の相談をしてたんだ」
「相談というか……まあ、信仰について話し合ってたんだ。イリアエル、お前、ナモクの何が気に入らないんだ」
タミルノは逆に尋ねた。イリアエルは咄嗟に躊躇した。ここに来るまでの間、もちろん心の中では様々に悩み、考えてきた。しかし、それについて面と向かって言葉で語ることに羞恥を感じた。殊に、イリアエルは親しい仲間内以外では、ナモクを非難するような物言いを公にすることを避けてきた。しかも相手はタミルノである。それでナモクについて思うところを率直に口に出すには勇気が要った。
その躊躇を察して珍しくマセルが口を挟んだ。
「何を気にしている? すでに副統治長の地位を失ったお前が、今さら何を言おうと何の影響もない。遠慮することなどない」
イリアエルはその言葉に少し棘を感じた。それに、マセルがそういう物言いを好む男だとは思っていなかったので若干動揺した。しかし、考えてみれば、マセルの言っていることは正しい。今までは統治の中枢にいるという自負から私心を振り払ってきたつもりだったが、今となっては自分が何を言おうと関係ない。ナモクに配慮して言葉を選ぶ理由がない。それは配慮というよりも、単に見栄や意地の類だとイリアエルは瞬時に自省した。
タミルノも重ねてこう言った。
「そうだぞ、イリアエル。お前、あんまり我慢ばかりするな。思った通りのことを言っても、だれも咎めはしない」
イリアエルは一度深く呼吸して気を落ち着かせようとした。そうしてあらためて考えると、自分の質問には答えないまま、なぜタミルノのほうから質問されなければならないのかと一瞬納得がいかないように感じた。
しかし、そんな点に拘って指摘することに果たしてどれだけの意味があるのか? と考え直した。ここに到着してから少し忘れていたが、一人でここまで歩いてくる間繰り返していた言葉が浮かんだ。もっと太く……太い人間に。