表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天国のマセル  作者: 中至
イリアエルの誤算
135/292

もちろん、マセルが自ら積極的にイリアエルの内面の問題にまで立ち入ろうと考えるような質でないことは分かっていた。しかし、タミルノは薄っすらと予感があった。


マセルが、何かを変えるかもしれないような、何かを起こすかもしれないような予感。イリアエルの、と言うよりも、それを含めたこの地の人々全部に影響するような変化があり得るとすれば、それはおそらくこのマセルを通して起こるに違いないという気がしていた。


つまり、タミルノは明かしたかった。マセルが、この地に来た最後の人間であることの、意味を。


「マセル言ってたろう。信仰など思い込みだと。俺が前にナモクに言ったのも、それと同じようなことだろうと思う。要するに自分が正しいと思ったことを信じるしかない。誤解や思い込みを怖れず、自分の信仰を守るしか」

「……俺もそうだと思う。俺自身今までずっとそう思って生きてきたつもりだ。だが一つだけ」

「……なんだ?」

「それは……その思い込みは、本気でなければならない。思い込みでも何でも構わない、真に、少なくとも自分自身がそれを信じるに値するほどに本気で考え抜いたのなら、信仰と呼ぶことを躊躇う必要はない。しかし」


タミルノは何となく理解できるような気がしたが、まだあまり納得できずにいた。


「うーん……ナモクは本気ではないと、お前もそう思うのか?」

「いや、そうではない。俺から見ても……むしろナモクは他のだれよりも本気で見ようとしている。信仰を、クルの御心の向う先を」

「そうか、それなら安心した。マセルよ、実は俺もそう思っている。だから、あいつでいいのだ。この会衆を任せる長は」


マセルは一度しっかりと頷いた。それから続けた。


「俺はナモクのあり方を否定したいのではない。俺が思うのは……そもそもこの地にいる者たちはみな自分の思いに対して真摯だということだ。ナモクだけではなく。少なくとも俺が知った人間たちはみんなそうだ。俺はむしろ、もともとそのように生きてきた者ばかりがここに集められているのではないかと感じるのだ」


なるほどそう言われればそうかも知れない、とタミルノも思った。


「ここでのみんなの心の有り様は、あらためて振り返ると驚異ではないか? 思い出してみてくれタミルノ。俺が言いたいのは、おそらく、現世ではこうはいかないということだ。死ぬ前、つまり現世に生きていた時は、俺自身こう思っていた……すべての人間に果てしない強さ、いや、強さというか真剣さだ、そんなことを求めること自体がそもそも不可能だと。むしろ人間の弱さ、思いの儚さを自ら認めなければ、そもそも現世で信仰など成り立たないと」


タミルノは、マセルが言いたいことが何となく分かってきたような気がした。


「なるほどな……」

「しかし、この地には……俺はこの地に来てから、ずっと感じていたんだ。ここは何かが違うと。しかし、それが何なのか分からなかった。だが、今は何となくだがそう思う。現世と、この世界との一番の違いは、単に心が読めるとか、不信仰の者がまったくいないとか、そういう点ではなかったのだと」


タミルノは真顔でマセルを見つめて、その先の言葉を待った。マセルは自分でもまだ確信していたわけではなかったが、あえて断定的に自分の考えを言った。


「この地には、ここにいる俺たちには、そういう意味での限界がないのではないか? つまり、俺たちは肉体的な苦痛だけでなく、おそらく現世で否応なく縛られていた精神的な限界からも解放されている。だからこの世界は……ここでは、弱さに配慮する必要などないのではないか? おそらく、俺たちは強いんだ。自分自身も、周囲の仲間たちも。この地の会衆のすべての人間が」


タミルノはマセルの話に完全に納得したわけではなかったが、その前にマセルのその考え方そのものに驚嘆して言った。


「マセル、お前のその発想……その思想はいったいどこから来る?」

「さあ……とにかく、俺は考えることを、信じることを決して諦めないように生きてきたつもりだ。だが、それは人が弱いから、そうしなければならないのだと考えていたんだ。しかし、ここでは違う」


その時、イリアエルがやって来た。


「二人とも、何か難しい話をしているじゃないか。俺にも分かるように説明してくれないか? いったいどうするつもりだ。この俺……いや、この世界を」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ