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イリアエルは半ばふわと宙に浮いているような感覚のまま、自分の部屋に戻るともなく戻った。そのまま寝台に寝転んだが動揺が抑えられずどうしていいか分からなかった。
「とにかく、今はっきりしていることは、なぜかは分からないが俺にはまったく味方がいないということだ。その上で思い返すと、ナモクは決して一人ではない。根拠ははっきり言えないが、ぞろぞろと会所を出て行ったあの住人たち。彼らはナモクに反感を抱いているわけでも抗議しているわけでもなく、文字通りただ一任するという意思表示をしただけのようにも見える。
もしかすると、出て行かなかった者たちも、ナモクを論破しようとか反発しようとかいうのではなく……そうだ、彼らはただ、俺から事前に心積もりがあると聞かされていたから、それを見届けるために残っただけではないか?
どうしてこんなことになる? むしろ、ナモクが何もしないからではないか。なぜ俺が非難されることになるのだ。
いや、表だって俺を非難しているつもりはないのかも知れない。ただ、少なくともだれも俺に賛同もしていないのだ。それははっきりしている。いつも語り合っていた奴らまで、憐れんだように俺を眺めていたのだ。
俺は一人で……一人で……」
イリアエルは、思わずナモクの心を読んだ。しかし、さっき試みたばかりなので当然であったが、ナモクは眠っている。何も察するはずがなかった。自虐的な笑みが自然に浮かんだ。
「ふっ、当然か……」
今まで散々否定しておきながら、こうなると無意識にナモクに頼り、ナモクの意向を伺おうと動く自分の心理が滑稽に思えた。これでは、ナモクの下で子供のように駄々を捏ねているだけではないか。
「ふは、ふあはっは、ふはは」
イリアエルはわざと声を出して一人蔑むように、諦めるように嗤った。だが、その心は冷めていた。自分自身の決定的な弱さに思い至った気がした。俺はただ、それをナモクのせいにして……自分の限界をナモクに投影していただけなのか?
イリアエルはふと起き上がり、卓に着くと広げたままにしてあった議事録に向かった。そこに大きく
「俺は副長の任を降りる」
と走り書きした。
普段は着ない硬めの外套があったのを思い出して、それを引っ張り出すと急いで着替えを済ませた。後は部屋をそのままにして外へ出た。いったん市場に行って目ぼしいものを調達し、そのままどこかへ旅に出るつもりでいた。探索の経過からして、それほど装備がなくても生きては行けるだろうと考えた。行先は別にどこでもよかったが、どうせ歩くならタミルノが発見した天光源を目指そうかと漠然と考えた。
イリアエルが残した書置きが見つかったのは、その後ナモクが起床してしばらく経ってからであった。ナモクの姿を見かけた者が、暦の更新がされていないことに気が付いてイリアエルの部屋に行き、議事録に書かれたイリアエルの書置きを見つけたのであった。知らせを聞いたナモクは、しかしなお悠々と水煙草を咥えながら、そうか、とだけ答えた。