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実は、いよいよ会衆が統一されることになった時、ナモクは内心、タミルノを差し置いて自分が長となることに不安を覚えていた。
「タミルノ。お前はこの地に真っ先に現れ、すべての者の復活を見届けてきた経緯がある。それだけでなく、住人たちの感情を察するにも、実際のところ統治長として最もふさわしいのは紛れもなくお前だ」
ナモクはそう言って統治長の任を受けるようタミルノを説得した。しかし、タミルノは頑として受け入れなかった。
そこで、ナモクは前から心の奥底にしまっていた思いを伝えた。ナモクにとってそれはかなり屈辱的とも思える告白ではあった。しかし、もう意地を張っている段階ではない。
「タミルノよ。お前は他の者とは違う。認めたくはないが、お前は俺などには到底持ちえない何か圧倒的な力がある。俺には分かっている。お前を置いて他の誰も、我らを導くことなどできないということを」
「ふ、別に導く必要などないがな」
「何だと! 頼む。俺にこれ以上恥をかかせないでほしいのだ。俺では無理だ……」
ナモクが初めて自分以外の誰かに屈した瞬間であった。それでも、タミルノは意に介さないかのように豪快に嗤った。
「ふははは! お前らしくもない。しっかりしろ」
「分からないのか? 俺がここまで頼んでいるのに」
「ナモクよ。安心しろ。では俺が統治の秘訣を伝授してやろう……」
タミルノはまるで半ばふざけるように笑いながら言った。
「秘訣? そんなもの、知っているなら尚のこと、お前が治めればいいだろう?」
「まあ待て。簡単なことだ。ナモク、つまりだ……要するにお前は我が強すぎるのだ。お前がしようとしていることは、だれのためか? 己のためか。もし、俺とお前に決定的な差があるとしたら、それだ」
「しかし! 自ら強い意志をもって導かなければ大志は果たせないではないか! 俺はそうやって今まで生きてきたのだ。それが間違いだというのか?」
ナモクは思わず否定したが、そう言いながらも、タミルノの見方に抗いがたい真理が含まれているような気もしていた。
確かに、タミルノにはそういうところがほとんどない。常に周囲の者の声を聞き、むしろ自分を控え、他人の世話にばかり気を使っているようなところがある。タミルノはその外観や口調からは考えられないほどに優しい男である。それはナモクも含め、住人たちはみんな知っている。それはナモクには越えられない大きな壁にも思えた。
「……タミルノよ、では俺はどうすれば良い?」
するとタミルノは、屈託のない笑顔で答えた。
「俺のようになろうと思う必要はない。そうだな。まず休め。そして信じろ。自分の中にある思いを。それに、ここで与えられている永遠のような時間を」
「わ、分かった」
秘訣というには抽象的過ぎるとも感じたが、とにかくナモクは、タミルノが言った文字通りを捉えて心に刻もうとした。
「何にせよ自分の力で成そうとするな。答えはクルが知っている。地獄にいるからと言ってクルに見捨てられたなどと思うな。信じ続けるんだ。お前が成そうとした本当の信仰を守れ。そうすれば、お前が奮闘せずとも、この地の全ての人間がお前の目となり、腕となり、脚となってくれる。もちろん俺もな。そして、その時間はたっぷりある」
ナモクは、これ以上タミルノを説得することは無意味だと感じて言った。
「分かった。しかし頼みがある。ならば副統治長として補佐してくれ。そうでなければ俺も統治長は受けられない」
しかし、タミルノは平然と言った。
「馬鹿を言うな。副長ならイリアエルが相応しい。第一そのほうが自然だろう」
確かに、周囲から見ればそれが最も自然かも知れない。というより、あえてイリアエルを外したほうが禍根を残すだろうとナモクは一瞬に了解した。
タミルノはナモクの目をじっと見て、その思いを読むと力強く刻み付けるように言った。
「クルは儚き人の思いを調える……あくまで自分の心に従え。だが、決して自分の力を頼まぬことだ」