イリアエルの逃亡 1
会合の後、自分の部屋に戻ったナモクは早々に寝台に体を投げ出して天井を見ていた。天光源の発見、それに踊る住人たち、イリアエルの思惑などが錯綜するように思い浮かんだ。しかし、ナモクはそれらについて積極的に思考しようとはせず、ただ勝手に浮かんでくる思いを自由に遊ばせるかのようにぼうっと天井を眺めていた。
実は、これはタミルノの教えに従ってのことであった。つまり、何事もあえて自らの力で進めようとしないことである。だれかを恣意的に動かそうとか、現状を変えようとか、あるいは問題を解決しようとか、そういう考えに傾かないように。
もともと野心家で策略に長けるナモクにとって、それはむしろ非常に難しいことであった。それで、ナモクは意に沿わないことや、新しい工夫などが思い浮かんでしまった時には特に、こうして早々に寝床についてしまうか、さもなければ水煙草を延々と吸い続けるか、とにかく頓着しないように努めながらタミルノの忠告を思い出すのだ。
「俺が、ただひとりこの地獄に復活してからヌルに再び出会うまで、いったい何をしていたと思う?」
ナモクは、この地に復活した当初タミルノから聞いた話をまた思い出した。それはあまりにも突拍子のない話で、その意味もよく分からなかったのでナモクはほとんど聞く耳を持たなかったが、タミルノはいつもこう言っていたのだ。
「悪霊だよ。俺はずっと悪霊と話していたんだ。ヌルがやってくる直前まで、気が狂うほど長い時間」
タミルノがこの地では他人の心を読めるということを知ったのは、その悪霊がいたからだ。
「そいつは、俺をみんながいる天国へ移すことができると何度も持ちかけてきた。そのために俺がすべきことは簡単で、ただ自分を頼まず、すべてをクルに任せると決意するだけだと言った」
タミルノは、それは嘘だと思った。
「だが俺には分かっていたんだ。いずれかの時期に、ここにヌルが現れるであろうことが。だからこそ耐えることができた。悪霊は、お前が信じているその力こそ妄想ではないかと嘲笑ったが」
ヌルが復活し、続いてこの地に多くの者たちが次々に現われた。だから今となってみればタミルノの力が単なる妄想ではないことはだれでも分かる。しかし、その状況では、自分の中に湧き起こる感覚に過ぎないそれを真実だと確信できるものかどうか。
「俺は自分の中にあるこの力を信じた。いや……信じていたとは言えない。が、この力こそクルが唯一俺に与えてくれたものだと。俺はこの力に賭けることに決めた。そして、地獄でもいい。ただひたすらヌルとの再会を待つと決心した」
ナモクはこの話を聞いて、初めてタミルノに畏怖を感じた。それは今までどんな他人に対しても感じたことのないような圧倒的な凄味である。もちろん、それを素直に口に出すのは意地が許さなかった。しかし、ナモクが意識の上でいかに否定しようとしても、タミルノに対する、この怖れと憧れの入り混じったような感覚は今に至るまで消えることがないのだ。