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イリアエルがじっとナモクを見つめていると、思いがけずナモクがこちらに顔を向けたので、目が合ったイリアエルは慌てて目を逸らすと、言った。
「え、ええ、あの、それでは先般私が提案した件なのですが……会所屋上に設置する鐘です。これを緊急の知らせや招集等があった場合に用いる他、いずれは時刻の制定を視野に……」
急に言われたので何の準備もなかったイリアエルがたどたどしく説明を始めた。しかし後ろの方に立っていた住人の一人がイリアエルを制して大声で述べた。
「何を呑気に言っている。イリアエル! 天光源はどうするのだ!」
イリアエルはそれを重々承知していたが、あえて弁明しようとした。
「もちろんそれは分かっているが、一応議事の進行を」
だが他の住人たちも口々に反論し始めた。
「議事も何もあるか!」
「そうだ! 大事なことを話せ」
「イリアエル。お前も言っていたではないか」
イリアエルはその勢いに窮して説明を中断した。それに……むしろ彼らの言う通りではないか。イリアエルは困惑と軽蔑の入り混じったような表情でまたナモクを見た。しかしナモクはこちらを見ない。たださっきよりも顔を上げ、少し睨むような表情でじっと住人たちを正視している。
その内に妙に静まり返った。皆、ナモクが何か言おうとしている、と思ったからである。しかし、ナモクはいつまでも黙ってそうしているので、住人たちはそれぞれにナモクの心を読んだが、ナモクの心にはやはり薄っすらとした感覚しか見えなかった。住人たちは互いに顔を見合わせた。
ただその時、中ほどに座っていた二人が互いに顔を見合わせて立ち上がり、ナモクに向かって声をかけた。
「ナモクよ! 俺たちはお前に任せる。先に退出する」
「後はよろしく頼む」
そして、二人は連れ立って部屋を出て行ってしまった。
イリアエルはその二人を不思議そうに目で追った。するとそれを見た他の何人かもそれに続いて黙って部屋を出て行き始めた。イリアエルは、どういうことか分からなかった。
「ちょっと待て。お前たちどこへ行く?」
と声をかけると住人たちは
「ああ、俺たちもナモクに任せることにする。それにイリアエル、鐘の件ならお前の言う通りでいいぞ」
とだけ言って、そのまま立ち去った。結局、そのようにして次々に住人たちが去ったので、残りはごく僅かになったが、その中には事前にイリアエルの目論見を聞いた者たちもいた。
その時、今さらのようにナモクが話し始めた。