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ナモクが会所に入ると先に集まっていた住人たちが一斉に注目した。ナモクに続いて入ったイリアエルは、ナモクの背後を通って奥の卓に付くとすぐに議事を記録する準備をした。
ナモクはいつものように中央の演壇に立って両手をついて、ゆっくりと室内を見回した。今日に限っては通常出席する必要のない住人たちまでが少なからず参集していたために席が足りなくて部屋の後ろのほうに立ったままの者が多くいた。
「今日はずいぶんお集まりだな」
ナモクは前の席にいる者にしか聞こえない程度の声でそう言って、もう一度出席者たちの顔を順繰りに確かめるように見回した。すると住人たちは静かになった。
「さて、統治会を始める。今日は臨時だがまずお集まりいただいたのは……」
まだ何も言わないうちから期待の笑みを浮かべてうんうんと頷いている者もいた。
「……実は、この会所の屋根に時を知らせるための鐘を取り付けようと思うのだ。特に異議がなければ早速取りかかろうと思っている。イリアエル、では子細を説明してくれ」
出席者たちは一様にぽかんとした。何よりいきなり指示されたイリアエルが半ば呆けた顔でナモクを見た。ナモクの言葉がまったく予想外だったので聞きもらしてしまったのである。
ナモクは無表情にイリアエルが説明するのを待っていたが
「イリアエル。この間お前が言っていた、鐘を取り付けようって話だ。お前から説明してやってくれ」
と繰り返して言ったので今度はイリアエルも言っている内容は分かった。内容は分かったのだが、依然としてその意図が呑み込めずイリアエルは困惑していた。
確かに前に話したことがある。他でもない、それはイリアエル自身が勧めたことであった。しかしその提案をしたのはもうかなり前のことで、その時にはナモクはほとんど関心を示さず、そのままになっていたのだ。今になって急にそれを言い出した意図をイリアエルは掴み兼ねた。
出席した住人たちも、互いに顔を見合わせて室内は騒然となった。鐘がどうしたのか知らないがとにかくそれは新たに発見された天光源とはまったく関係ない。イリアエルは自分自身も大いに戸惑いながら、しかし
「静かに! 静粛に!」
と立ち上がってとにかくこの場を鎮めようとした。ひそひそと何か囁き合う者もいるが、しばらくするとほとんどの出席者たちは騒ぐのをやめイリアエルの言葉を待った。イリアエルは確かめるようにもう一度ナモクの顔を見た。平然と演壇に両手をついたままじっとしている。
イリアエルは思わずナモクの心を読んだ。だがそこにかろうじて読めたのは非常に薄い「これ」と言えるほど明確ではない意思のような、感覚のようなもの。言い換えればナモクは特にはっきりした思考も感情もなくただ騒ぎ立てる住人たちをじっと見ているだけであった。
それはたとえば人が眠る前などによく見られる心の状態であり、そのものは珍しくない。しかし……むしろイリアエルには怖く思えた。今この場でそのような精神状態で立っていられることが理解できなかった。ナモクは本当にどうかしてしまったのではないか?